近年、めざましい経済発展を遂げている中国の四川省。日本の国土の1.3倍もの広さを有しており、温暖な気候で農業も盛ん。食材の豊かさも、四川料理のおいしさの秘密です。省都である成都市は2010年、ユネスコの「世界の美食の都」に認定されました。
さて、日本でも四川料理は非常に人気がありますが、専門店の料理人でさえ「現地の料理は辛過ぎて食べ続けられない」と音を上げるほど。四川料理の味の特徴といえば「麻辣(マーラー)」、すなわち、しびれるような山椒の「麻」と、唐辛子の辛みである「辣」です。今回、四川を訪れる機会を得た筆者は本場の料理を味わってみたのですが、それは私たち日本人にとって想像を遙かに超える衝撃の味であることを身をもって体験。最も驚かされたのは、成都名物の「火鍋」でした。
訪れたのは、名店として知られる『龍森園』。席に案内されると、まるで掘りごたつのように鍋が設えられた卓が置かれ、火鍋の2色のスープがグラグラと沸いています。メインの赤いスープ「紅湯(ホンタン)」には大量の花山椒と唐辛子、もう一方の白いスープ「白湯(パイタン)」には、トマトの薄切りなどが泳いでいます。辛い味の赤いスープの合間に、あっさり味の辛くない白いスープを味わって、口の中を休めるということのようです。
卓上には、牛や豚の内蔵、鴨の腸、川魚の薄切り、豆腐、マコモダケ、茎レタスなど、個性豊かな食材が並びます。大昔、金持ちが食べなかった内臓のおいしさを発見したのは労働階級の人々。きれいに洗い、匂いをとるために唐辛子や山椒、ニンニクなどの香味野菜と共に煮て食べたことが火鍋のルーツともいわれています。
食事が始まるやいなや、給仕係が次々に具材を鍋にどんどん放り込んでいきます。もともと火鍋は「食べられるものなら何を入れてもいい」といわれる鍋料理。また、入れる具材の順番もまったく気にしません。
「まずは赤いスープから」と器によそってようやく気づきました。間近で見るとスープにしてはやけに濃度が高く、ドロッとしているのです。聞いて驚いたのですが、赤いスープはすべて油なのだそうです。香辛料と唐辛子を煮出した菜種油で、具材をグラグラと煮ているのです。
頃合いを見計らって、赤い油のスープから引き上げた具材を、胡麻油のタレが入っている小椀にとって味わいます。店の方に聞くと、「香辛料たっぷりの菜種油で煮込んだ具材を、風味のある胡麻油でやわらげて味わうのが成都流なんですよ」とのこと。
味のほうは言わずもがな、強烈な辛さです。とはいえ、こうばしい胡麻油のタレのおかげで、食べているときはさほど刺激を感じません。また、「具材を食べる」という感じなので、しつこく思えたスープの油っぽさも、それほど感じないことがわかりました。
ところが、箸を止めた途端、口中が燃えるような熱さに襲われます。舌はビリビリと痺れてきて、味覚を失いそうに……。痛みに近い刺激はあとからやってくるのです。そこで、逃げ場となるのが白湯スープ。鶏などを煮出してとったあっさり味のスープで、こちらのほうが日本人にはなじむかもしれません。
強烈な辛さは地元の人々でも耐えがたいのか、食中のドリンクとしてお茶と共に提供されるのが「飲むヨーグルト」です。あまりの辛さにビールが進みますが、火照った口内は炭酸で刺激されるばかり。その点、ヨーグルトはそんな辛さも優しく包み込んで、少しやわらげてくれるような気がします。インド料理のラッシーといったところでしょうか。
さらに、箸休めとして登場したのが、きな粉と黒蜜をまぶした団子。食中にデザートが出てくる違和感もありますが、優しい甘みにホッとします。
このような麻辣の味覚が発達したのは、辛いものを食べて発汗を促し、たっぷりお茶を飲むという、新陳代謝を促す食事が大切にされてきたからなのでしょう。
本場の火鍋を体験するなら、ぜひ成都へ! かわいいパンダにも、会えるかもしれません。
■『龍森園』
住所:四川省成都市琴台路60号
文/大沼聡子