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作家・石牟礼道子さんが遺した「食べごしらえ」の思いを受け継ぐ人々

文・撮影/大沼聡子

石牟礼さんの「食べること」への思いを伝える、野菜の旨味が凝縮した味噌汁。

今年2月、作家の石牟礼道子(いしむれ・みちこ)さんが、90歳で天に旅立ちました。

熊本県天草に生まれ、後に水俣に暮らした石牟礼さんが注目されるきっかけとなったのは、1969年に刊行されたノンフィクション作品『苦海浄土(くがいじょうど)-わが水俣病』。「水俣病」に苦しむ人々の心に寄り添い、現状を伝えた同作は高く評価され、命も暮らしも奪った公害が社会的に注目される契機にもなりました。

現在の水俣は、過去の教訓から自然との共存を目指し、「環境モデル都市」にも指定されるまでになりました。美しい里山と海の風景を取り戻した今、失敗に学び、忘れてはならない歴史を後世に伝えていこうとしています。

そのための施設である『水俣市立水俣病資料館』を訪れると、石牟礼さんが『苦海浄土』を朗読する肉声を聴くことができます。

『苦海浄土』の肉筆原稿。石牟礼さんが自ら朗読した音声と共に展示されている。

石牟礼さんの活動を振り返る展示は、人々に「生きることの意味」を問いかける。

『水俣市立水俣病資料館』
http://www.minamata195651.jp/

いつもご飯の話をしていた“道子さん”

そんな石牟礼さんが還暦を過ぎてから発表した随筆『食べごしらえ おままごと』が今、再び人々の心を動かしています。

石牟礼道子さんが1994年に発表した『食べごしらえ おままごと』(中公文庫)。

「食べごしらえ」とは文字通り、食べるものを拵(こしら)えるということ。石牟礼さんがこの作品で綴るのは、食べることが欠かせない暮らしの営みのなかで、郷土を慈しみ、季節のうつろいを愛する心。当たり前の暮らしを壊されてしまった、悲しみの根底にある思いです。

石牟礼さんと親交のあった水俣の紅茶生産者、『天の製茶園』の天野浩さんは、石牟礼さんの「食べごしらえ」の意味を再び見つめ直しているといいます。今でも思い出すのは、社会に立ち向かう姿ではなく、穏やかで食べることが大好きだった“道子さん”。「地元の人たちで集まる会では、いつもご飯の話ばっかりしていました。あの魚はこうやって食べたら美味しかったとか(笑)」。

無農薬・無化学肥料で栽培した紅茶をふるまう天野浩さん。

『天の製茶園』
http://amanoseicyaen.web.fc2.com/

天野さんは二十歳で就農した年に、水俣病で亡くなられた方の慰霊の行事で、石牟礼さんと初めて言葉を交わしました。忘れられないのは、石牟礼さんが行事のために持ち寄った、お手製の干し筍と根菜の煮物、ちりめんじゃこのおにぎりの味。いずれも土地の味覚ばかりでした。「道子さんの料理は、ものすごく香りや風味がよくて。しみじみと美味しかったんです」。

改めて『食べごしらえ おままごと』を読み直して感じているのは、「昔は生活している世界が、暮らしのすべてだった」ということ。

「移り変わる季節の鮮やかさに目を向け、自然のなかで起きていることに楽しみを見つけながら暮らしていました。でも、今はたくさんの情報が溢れている時代。その幅が広がりすぎて、私たちの世代は足もとの情報について掘り下げることをしなくなっているように思えてなりません」

例えば、すぐ近くに山菜が生えていても、それが食べられると知らなければ、目には飛び込んでこないということ。知識がなければ、地元の素晴らしいものに気づけないのです。「食べることは毎日のこと。今こそ、道子さんが大切にしてきたものを、見直していきたいと思うんです」。

「食べごしらえ」は「食べること、つくること」

「食べごしらえ」を、もっと多くの人たちと一緒に見つめ直したい。そんな思いを強くした天野さんは、石牟礼道子さんを追悼する食のイベントを、自らの紅茶農園のゲストハウスで主催することに。共感したのが、地元で活動する同世代のビーガン(菜食料理)料理人、吉村純さんでした。

「“食べること”と“つくること”は一緒。それが、石牟礼さんの“食べごしらえ”だと思うんです。お腹空いたら何か食べるものを買いにいくのではなく、自分でつくろうという人を増やしたい」と、吉村さん。そのために実施したのは、吉村さんが全国を巡りながら実施している「味噌汁LIVE」。「決して派手な料理ではないけれど、味噌汁づくりには伝えられることがたくさん詰まっています」。

もともと熊本市内の御船町に夫婦で暮らしていた吉村さんですが、2年前の熊本地震で被災。震災を機に、奥様の智美さんの故郷である水俣に移住しました。「味噌汁づくりを教えたい」と思ったのは、震災時に炊き出しで大量の味噌汁をつくり、多くの人たちの笑顔を見ることができたという経験が大きかったといいます。

料理教室『スタジオビーガン』を主宰する、吉村純さん(中央)の「味噌汁LIVE」。

『スタジオビーガン』
https://www.facebook.com/StudioVegan/

野菜の旨味を引き出す味噌汁づくり

包丁をまな板の上に置くときに、刃を手前に向けないこと。野菜の厚みを揃えることで、均一に火が通るということ。一杯の味噌汁をつくるために、何気なくやっているひとつひとつのことに、意味があるということを吉村さんは伝えます。

そして、吉村さんが教える味噌汁の最大の特徴は、昆布や鰹節、煮干しといった素材で出汁を取らないこと。じっくり時間をかけ、野菜の旨味を引き出し、それを深い味わいの出汁にしていくのです。

玉葱、蕪、人参、牛蒡などの野菜を鍋一杯に入れ、塩をふる。水は一滴も加えず時間をかけて加熱すると、あれほどカサがあった野菜が自らの水分で沈んでいく。

味噌汁はわざわざ出汁を取るもの、という思い込みにとらわれている人は多いかもしれません。ところが、野菜からたっぷり出た水分を目にすると、それは地中から栄養と共に吸い上げた滋味溢れる出汁であることが分かります。「食べごしらえ」の過程に、こうした発見がたくさんあることに、参加者は改めて気づかされたようでした。

味噌汁と共にいただいたのは、吉村さんによる野菜料理のプレート。地元の特産である「サラダたまねぎ」と夏みかんの和え物や、菜花のお浸し、筍ご飯など。

若い世代で、石牟礼さんの思いをつないでいく

天野さんにはほかにも、石牟礼さんから受け継いだ「食への思い」を共にする同世代の仲間がいます。水俣市に隣接する津奈木町の町役場で地域の物産振興に取り組む、福田大作さんです。ふたりは高校時代の同級生。不知火湾に面した津奈木町は、同じように水俣病の苦しみを共にした地域です。

天野さんに連れられて訪れたのは、リニューアルオープンしたばかりの津奈木町の物産館『つなぎ百貨堂』。このリニューアルに携わった福田さんは、「ただ新鮮な農産物や名物を並べるだけはなくて、豊かな自然だったり、風土だったり、農家さんの思いや苦労だったり……もっともっと、食べ物の背景にあるものを伝えていきたい」と話します。

『つなぎ百貨堂』にて。左から天野浩さん、津奈木町役場の福田大作さんと篠原智和さん。

セレクトショップのような店内は、地域の厳選した物産だけを取り扱う。

『つなぎ百貨堂』
熊本県芦北郡津奈木町大字岩城1601
TEL 0966-78-2000

津奈木町は今、自然栽培や減農薬・減肥料といった環境配慮型の農業に取り組み、「つなぎFARM」という地域ブランドづくりを進めています。水俣病を乗り越え、未来の子供達には豊かな自然と正しい食をつないでいきたいという、人々の強い思いがあったからです。

石牟礼さんが郷土に誇りと愛情を持っていたように、「地元の人々に、地域の農産物に誇りを持ってもらいたい。そのために、頑張っていきたいです」と、福田さんは言葉に力を込めました。

石牟礼さんが見つめ続けた不知火湾の夕景は、息をのむ美しさ。

文・撮影/大沼聡子

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