
ワインの初心者にとって、ワインはなかなか謎の多いお酒です。
同じ葡萄の品種でも、育つ土地や風土、環境が違えば味わいは変わり、さらに醸造家によっても個性が出るらしい…。しかも、名前も長く難解で覚えられない。いざ飲むとなれば、どれくらいの温度で飲めば美味しくて、どんな料理に合うのかもよくわかりません。
結局、どのワインから飲んだらいいかわからず、店頭にあるものの中からラベルのデザインや価格から適当に選び、飲むことになります。
けれど、わからないにしても、どうせ飲むなら、やっぱり美味しく飲みたいですよね。そこで、この記事では、長年のキャリアを持つワイン商と料理人に、「牛ヒレ肉の塩焼き」に合う一本を教えてもらいました。
「牛ヒレ肉の塩焼き」に合う一本を老舗ワイン商に聞いた
「牛ヒレ肉の塩焼きには、重すぎない赤ワインが合うと思いました」
そう話してくれたのは、京都で149年続く老舗ワイン商「ワイングロッサリー」の6代目、吉田まさきこさんです。今回、吉田さんが選んだのは、ニュージーランドの「キムラ・セラーズ」が造るピノ・ノワール。
牛ヒレは脂の強い部位ではありません。さらに大根おろしや木の芽、すだち、柚子胡椒、からしといった薬味とともに食すなら、どっしりとした赤よりも、軽やかで上品な赤がふさわしいと吉田さんは考えました。

キムラ・セラーズのラベルには、桜を用いてニュージーランド原産のシダの新芽「Koru」を表現。Koruは「新しい始まり」、「成長」、「調和」の象徴とされ、日本の象徴でもある桜を重ねることで、日本とニュージーランドをつなぐ思いが込められている。
牛ヒレ肉の塩焼きに寄り添う、軽やかなピノ・ノワール
吉田さんによれば、ピノ・ノワールは果皮が薄く、色も濃くなりすぎない品種です。そのため渋みが強すぎず、香りは華やか。カシスやブラックベリーのような黒い果実というより、ラズベリーやいちごを思わせる赤い果実の香りがふわっと広がるのだそうです。
飲み口も、重厚というより軽やか。しかもただ軽いだけではなく、柔らかさと品のよさがあります。
今回の料理がタレではなく塩焼きであったことも、この一本を選んだ大きな理由でした。
タレ味なら、カベルネ・ソーヴィニヨンのような力強い赤も選択肢に入りますが、今回は薬味の香りが生きる繊細な仕立てです。だからこそ、華やかさとやわらかさを備えたピノ・ノワールが合う、と吉田さんは見立てました。

右から2番目が「キムラ・セラーズ マールボロー ピノ・ノワール 2024」。
ニュージーランドのピノ・ノワールが美味しい理由
ピノ・ノワールは、フランス・ブルゴーニュを代表する品種で、ロマネ・コンティもこの品種から造られます。ただし、どこでもうまく育つわけではありません。造るのがとても難しい品種でもあります。
そんな中で、吉田さんが高く評価するのがニュージーランドのピノ・ノワールです。理由は、その気候にあります。日照量はありながらも冷涼で、昼と夜の寒暖差があること。そのため果実が程よく熟し、酸がきれいに残り、繊細で美しい味わいになりやすいのだそうです。

「キムラ・セラーズ」があるのは、ニュージーランド南島北部のマールボロ地区。ここはソーヴィニヨン・ブランの一大産地として知られますが、「キムラ・セラーズ」はその地でピノ・ノワールも「本当にきれいに造っている」と吉田さんは言います。

ホテルマンから醸造家へ。木村滋久さんの歩み
ラベルに「KIMURA」(木村)とあるので、日本のワインかと思う人も多いかもしれません。けれど、このワインはニュージーランドで造られています。
木村滋久(きむら・しげひさ)さんは、もともとホテル勤務をしていた人物で、ボルドーやシャンパーニュのワイナリーツアーをきっかけにワイン造りの仕事に魅せられたそうです。ホテル退社後の2004年にニュージーランドへ渡り、醸造と栽培を学んだのち、2009年にキムラ・セラーズを設立しました。

「美味しいワインに出会ったとき、誰しもが幸せな気持ちになる。そんな瞬間を多くの人に与えられるワインを妻と二人で造りたい」
と木村さんは言います。
異国の地でワインを造る挑戦の根底にあるのは、技術だけではなく、人を幸せにしたいというまっすぐな願いなのでしょう。
異国の地でワインを造り続ける中で、木村さんの考え方にも変化があったそうです。以前は「自分が頑張らなくては」とひとりで背負い込むことも多かったそうですが、今は「周りと力を合わせ、チームとしてワインを造っていきたい」と考えるようになったと語ってくださいました。
ワインは造り手ひとりで完結するものではなく、届ける人、選ぶ人、飲む人まで含めて、初めて完成する。その感覚が、この言葉には込められているようです。

木村滋久さん。
同じ銘柄がなくても、「軽やかさ」が手がかりになる
同じワインが手に入らない場合は、「ピノ・ノワールなら、どれも牛ヒレ肉に合わせやすいと思いますよ」と助言してくださいました。
ピノ・ノワールに限らず、軽やかな赤ワインでもよく、白ワインで合わせるなら、酸が強すぎず、少しコクがあって旨みの濃いタイプなら十分合うそうです。
塩焼きの牛ヒレ肉に寄り添うのは、力強さよりも、やわらかさと香りの美しさなのだとわかります。
「牛ヒレ肉の塩焼き」との相性を「雲収」料理長がテイスティング
さて、吉田さんが選んだニュージーランドのピノ・ノワールを、「牛ヒレ肉の塩焼き」を料理した「雲収」の料理長の峠飛鳥(たお・あすか)さんはどのように品評するのでしょうか?

皿は北大路魯山人の志野の写し
赤い果実味の風味とやわらかな余韻が、牛ヒレ肉の塩焼きに寄り添う
峠さんはグラスに注がれたワインを見て、「あ、いい香りですね。ピノ・ノワールらしい香りがします。何より色が美しいですね」と言い、香りと色に目を留めました。

さらに口に含むと、「最初に感じるのは、さくらんぼやフランボワーズのような風味とかすかなスパイス感ですね。シナモンとかクローブのような印象でしょうか。飲んだあとに少し渋みは残りますが、それも強すぎなくて、思ったより優しい味わいです」と続けます。
このワインは、いわゆる赤ワイン特有の重さが前に出るのではなく、やわらかな余韻と軽やかさがあるのが魅力です。だからこそ、脂の強すぎない牛ヒレ肉の塩焼きにも自然に寄り添うのでしょう。
峠さんは「この少し残る渋みのところへお肉が入ると、すごく美味しいと思います。黒胡椒っぽい香りや味わいも感じますし、塩焼きのお肉、それも薪の香りがついたものとはかなり相性がいいと思いますね」と話します。
吉田さんも、薬味のある塩焼きには重すぎないピノ・ノワールが合うと話していましたが、その見立ては、実際に料理を作った峠さんの舌でもしっかり裏づけられました。

家庭で美味しく牛ヒレ肉を焼くコツ
家庭で牛ヒレ肉を美味しく焼くための基本について、峠さんに伺いました。
「まず、肉は常温にしておくほうがいいでしょう。肉の表面と中心部の温度差が小さいほど、火の入り方が安定します。
そして、塩を振るのは焼く直前で大丈夫です。肉に塩味をしっかり入れるというより、焼く時に表面へ塩をあてるという感覚ですね」
フライパンで焼く場合も、火加減にはコツがあります。
「最初から強火にする必要はありません。焼き目がついてきたら一気に火を強くして、表面をしっかり焼きます」
このときに大切なのが、肉の周囲に溜まる油をこまめに拭き取ることだといいます。「どうしてですか?」と尋ねると、峠さんはその理由をこう説明してくれました。
「肉の余分な油からは、嫌な香りがします。この嫌な香りの正体は、ノナナールという脂質酸化臭です。そのため、油をこまめに拭き取らないと、せっかくの肉の旨みを妨げることになります」

炭火の強い火で炙ることによって、メイラード反応(糖とアミノ酸が結合する反応)がさらに増し、ヒレ肉の旨みがより引き出される。
さらに、焼いた後、牛ヒレ肉を少し休ませること。こうしたひと手間で、家庭での仕上がりもぐっと変わります。

塩、からし、大根おろし。薬味の重なりがこの料理の魅力
「雲収」の「牛ヒレ肉の塩焼き」の魅力は、添えられた薬味の多彩さにもあります。

岩塩と結晶塩、わさび、柚子胡椒、実山椒、マスタードと和がらしを合わせたもの、醤油を清酒に3年漬けて熟成させた香りの強い醤油。そして、辛味大根には粉山椒と叩いた木の芽が加えられ、すだちを絞って醤油をかけて食べる仕立てになっています。
中でも興味深いのが、マスタードと和がらしを合わせたもの。
「和がらしだけだと辛すぎるし、マスタードだけだと酸味が立つんです。だから、ちょうどいい塩梅にするために混ぜています。マスタードには香りがあるけど、和がらしには香りがないでしょう」
味の加減だけでなく、香りの立ち方まで気を配っているところに、京都を代表する料理人・村田吉弘さんがプロデュースした「雲収」ならではの繊細な設計を感じました。

最後に
ワイン初心者の筆者にとって、この記事でまた一つ、謎が解けた気がしました。牛ヒレ肉の塩焼きには、重たい赤ではなく、軽やかで上品なピノ・ノワールが美味しさを引き立てる。そんな発見は、自分ひとりではなかなかたどり着けないものでした。早速、お肉屋さんへ行って、ちょっと贅沢に牛ヒレ肉を買い、ワインと一緒に楽しんでみようと思います。
一つ謎がとけたら、他の料理にはどんなワインが合うのか気になるもの。どんな料理にどんなワインが合うのか、次のワインの謎解きが楽しみです。ぜひ、皆様もご期待ください。
■雲収
住所:京都府京都市東山区下河原通八坂鳥居前下る下河原町 石塀小路 463-30 2F
TEL:075(551)2000
営業時間:15時〜22時
定休日:水曜
HP:https://kikunoi-niku-unshuu.com
※予約は電話で受け付けています。

1階はすし店「鮨 青」。
●ワイン監修/吉田まさきこ(ワイングロッサリー代表取締役社長)

ワイングロッサリー代表取締役社長。J.S.A.認定ソムリエ、シャンパーニュ騎士団公認 オフィシエ(将校)、アルザスワイン騎士団公認 シュヴァリエ(騎士)。
大学卒業と同時にワインの世界に足を踏み入れ、ヨーロッパを中心に世界各国のワイン生産地数十回以上訪問。特にブルゴーニュ、シャンパーニュ、アルザスでの滞在が長く、得意分野としています。
過去のワイン講師歴は、合計200回以上、延べ4000人の受講者を数えます。HP:https://kyoto.winegrocery.com Instagram:@winegrocery_official
●取材・執筆/末原美裕

ワイン初心者がプロフェッショナルからの教えを受けながら、取材を通して、一つ一つワインの知識を積み重ねていく過程を記事にしている。和食の一品とワインの至高のペアリングをソムリエ・料理人とともに検証する過程を描く。記事を読んでいる方とともにワイン通を目指します。
note:@kyoto_monokaki Instagram:@kyoto_monokaki
Facebook:@kyotomedialine
●撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)











