
飲食店でワインリストを渡されると、「どれがおすすめですか?」などと聞いてはみるものの、説明を聞きながら気になるのは、ワインの味というよりもどちらかといえばお値段だったりします。
ソムリエが語る香りや味わい、産地の特徴なども、その場では「なるほど」とうなずきつつ、料理を食べ終わる頃にはすっかり忘れてしまう始末…。
一方で、生活の中でワインを楽しむことは、ビールなんかに比べると少ないものです。さりとて、種類や産地も多く、何をどう選んでいいのかさっぱりわからないところもあります。
そこで、この記事ではもっと普段の食卓でワインを気軽に楽しめるように、和食に寄り添う一本を教えてもらうことにしました。今回は「焼き筍の木の芽味噌焼き」に合う一本を聞いています。
京都で149年続く老舗ワイン商に聞く、「焼き筍の木の芽味噌焼き」に合う一本
「筍が美味しい季節になりましたね。この時期、焼き筍の木の芽味噌焼きに合わせるなら、やっぱり白ワインだと思いました」
そう話してくれたのは、老舗ワイン商「ワイングロッサリー」の6代目である、吉田まさきこさんです。

今回、吉田さんが「焼き筍の木の芽味噌焼き」に合わせて選んだのは、フランス北東部のアルザス地方の白ワイン。香り高いゲヴュルツトラミネールという品種のぶどうを使って醸造された「ボット・ゲイル ゲヴュルツトラミネール レ・ゼレマン 2019」です。

「2019年のアルザスは気候もよく、美味しいワインが多いです」と吉田さん。
「第二の故郷」のようなアルザスから選んだ一本
吉田さんにとって、アルザスは特別な土地だといいます。
「当店ではブルゴーニュやシャンパーニュを多く扱っているので、毎年そのあたりには必ず行くのですが、個人的にはアルザスが『第二の故郷』のような場所なんです」
2005年には、仕事を続けながら数か月間、アルザスに滞在したこともあったそうです。現地では生産者を訪ね歩き、フランス語を学び、ワインとは直接関係のない家庭とも交流を重ねたとのこと。以来、毎年のようにアルザスへ通っているそうです。そんな吉田さんは、アルザスワイン騎士団公認シュヴァリエでもあります。

そんなアルザスは、白ワインの名産地として知られています。京都の和食店でも取り扱われることが多く、和食との相性のよさでも知られる産地です。
ライチのような香りと、ほのかなスパイス感
「ボット・ゲイル ゲヴュルツトラミネール レ・ゼレマン 2019」とはどのようなワインなのでしょうか?
吉田さんは、次のように説明してくれました。
「いちばんの特徴は香りですね。ライチのように華やかな果実香があって、さらに少しスパイスを思わせるような香りもあります」
「ゲヴュルツトラミネール」の「ゲヴュルツ」はドイツ語で、「スパイス」という意味。木の芽の爽やかな香りに寄り添いながら、筍の甘み、コク、そしてわずかな苦みまで受け止めてくれる一本だと勧めてくださいました。

「焼き筍の木の芽味噌焼きには、ただすっきりしただけの白ワインではなく、少し味わいに厚みのあるもののほうが合うと思いました。
筍には、やさしい甘みやコク、ほのかな苦みがありますし、木の芽味噌には、料理全体を引き締める爽やかな香りと薬味のニュアンスがあります。ですから、お料理そのものの持ち味だけでなく、添えられた香りや薬味まできちんと受け止めてくれるワインであることが大切だと感じたんです。
料理とワイン、どちらか一方だけが強く主張するのではなく、互いの個性を引き立てながら、きちんと響き合う。そんな美しい組み合わせになると思います」(吉田さん)
焼き筍だけではなく、木の芽味噌焼きという香りの要素まで含めて考えた末の選定だったことが伝わってきます。
トップ生産者ボット・ゲイルさんの真摯な畑仕事
今回のワインのドメーヌ(※ぶどう畑を所有し、ぶどうの栽培から瓶詰めまでワインの製造まで一貫して行う生産者のこと)は、アルザスの名門ボット・ゲイルです。
「とても素晴らしい生産者です。アルザスにはたくさんの生産者がいますが、その中でも三つ星評価を得ている、トップ中のトップの造り手です」と吉田さん。
ボット・ゲイルは、200年前に建てられたオールド・セラーを今に受け継ぐ名家です。コシュ・デュリやエグリ・ウーリエ、マルセル・ダイスらと並び、「フランスの年間最優秀白ワインTOP30」に選出された実績を持ち、いまやアルザスを代表するスター生産者のひとりとして広くその名を知られています。

ドメーヌの畑は15ha。拠点を置くベブレンハイム村を中心に、「アルザスの真珠」と呼ばれる一帯に広がっています。しかも、その畑は6つのグラン・クリュ(※特級畑)、4つのリュー・ディ(※歴史的な特性に由来する小さな区画)を含む約80区画に細かく分かれ、それぞれ丁寧に管理されているそうです。
畑ごとの個性を見極めながら向き合う、そのきめ細やかさにも、造り手としての誠実さが表れています。
さらに、化学肥料や除草剤、農薬などを使用しないビオロジック認証を取得し、土づくりから丁寧に向き合っていることも、この生産者の大きな特徴です。
「畑の土もふかふかで、いいぶどうを育てています。だからこそ、ワインにもコクや旨みの凝縮感に加えて、どこか凛とした印象が感じられるんですね」

華やかな香りだけでなく、しっかりとした旨みや厚みが感じられるのは、そうした畑での積み重ねがあるからなのでしょう。吉田さんは「このワインは、味わいの深いタイプなので、冷蔵庫で5度くらいにしっかりと冷やして飲んでいただくととても美味しくいただけます」とも教えてくれました。
1700年代から続く名家、それでも味は「人」が決める
ボット・ゲイル家は、1700年代から続くぶどう栽培の名家です。長い歴史を受け継ぎ、200年前に建てられたセラー(※ぶどう酒庫)を今なお守りながら、アルザスの地でワインを造り続けています。そう聞くだけでも十分に格式を感じますが、吉田さんは、歴史ある家柄というだけでワインの価値が決まるわけではない、と話します。
「同じ家でも、誰が中心になってワインを造るかで味わいは変わるものです。ジャン・クリストフさんの代になってから評価がぐんと上がりました」
一方で、世代交代の過程で評価に変化が見られることも時折あります。

「ワインは人が造っているんだなと、つくづく思いますね」
この言葉には、長年ワインに向き合ってきた吉田さんならではの重みがあります。畑も土も歴史も大切ですが、最後に味わいを決定づけるのは、やはり造り手の姿勢や感性。ボット・ゲイルがいま高い評価を受けているのは、名家の看板だけに頼るのではなく、現在の当主も常に畑に立ち、土地の力を信じ、よりよい表現を追い求めてきたからなのでしょう。
だからこそ吉田さんは、この生産者に強い信頼を寄せています。名門だからだけで選ぶのではなく、今、この人が、この土地で、このぶどうをどう表現しているかを見ている。その視点があるから、吉田さんの言葉には説得力があるのです。

同じ銘柄がなくても大丈夫。選ぶなら「香り」と「厚み」に注目
同じワインが手に入らない場合、吉田さんはまず同じゲヴュルツトラミネール種のワインを探してみてほしいといいます。
「香りが特徴的なので、好き嫌いは分かれるんですが、木の芽味噌にはぜひ一度合わせてみてほしいですね。
それ以外であれば、白ワインでも少しコクのあるタイプ、すっきりしすぎない、味わいのしっかりしたものがおすすめです。あるいは、軽めの赤やロゼでもいいと思います。ただ、筍と木の芽味噌の組み合わせなら、やはり赤よりは白かロゼのほうが合わせやすいですね」と吉田さん。
シンプルな筍料理の場合はどうでしょう?
「コクのある白ワインが合います。例えばアルザスのピノ・グリやピノ・ブラン、あるいは樽のきいたニューワールド(※カリフォルニアやチリのような比較的新しいワインの生産国のこと)のシャルドネもおすすめです」
同じ一本が見つからなくても、料理に寄り添う「香り」と「厚み」を意識すれば、和食とワインの楽しみはぐっと広がります。
菊乃井主人・村田吉弘さんが語る「焼き筍の木の芽味噌焼き」の工夫と、ワインを合わせた感想
さて、吉田まさきこさんが選んだアルザスの白ワインを「焼き筍の木の芽味噌焼き」を料理した菊乃井主人の村田吉弘(むらた・よしひろ)さんはどのように評価するのでしょうか?

皿は、北大路魯山人の備前金繕い四方皿
「土っぽさ」と「山椒の香り」がワインと響き合う
村田さんは「ボット・ゲイル ゲヴュルツトラミネール レ・ゼレマン 2019」をワイングラスに注ぎ、グラスを小さくぐるりと一回ししたのちに鼻に近づけて香りを確かめた途端に、「もうミネラルの香りがしてるやん。これは合うわな」と一言。

その理由を尋ねると、「筍も土のものやし、ワインにも土っぽさ、ミネラル感があるでしょう。そこがまず合うんです」と、実に明快です。
春の筍には、土から生まれたものならではの滋味があります。一方、この白ワインにも、華やかな香りの奥に、土っぽさやミネラル感があります。村田さんは、まずその「土の気配」どうしが自然に響き合っていると見たのでしょう。
さらに村田さんは、「それに、木の芽や山椒のピリッとした香りがあるから、これはすごく合うと思う。筍そのものというより、この山椒の香りとワインの相性がいいんですよ」と続けます。
吉田さんも、「木の芽や山椒の香りが入るからこそこのワインを選んだ」と話していましたが、その見立ては日本を代表する料理人である村田さんの舌でもしっかり裏づけられました。

店内にはワインセラーがあり、村田さんが独自に入手した希少なワインを注文することもできる。
家庭で「焼き筍の木の芽味噌焼き」を作るためのコツ
今回、村田さんが使ったのは、京都・大原野の筍です。

「筍はじっくり火を入れると、とうもろこしのような甘い香りが出るんです」と村田さん。
「京都産の筍と言ったら聞こえはいいけど、京都の『どこ』で採れたかで味は全然違います。
うちは大原野で採れた筍を使っていますが、手入れが違うんですよ。夏の間中、竹林を手入れしているかどうかで、筍の味に差は出ます」
ご家庭で筍を選ぶときのポイントについて、村田さんに教えていただきました。
「『朝採れ』って書いてあっても、いつの朝か分からへんでしょう? だから、筍は根元についているイボイボ(※成長したときに根になる部分)を見たらいいんです。筍のイボイボは、本来白っぽいんですよ。それが古くなると、ピンクになって、紫になって、最後は黒っぽくなる。購入するときは、ピンクから紫くらいまでのものを選ぶといいでしょう」
さらに意外だったのが、筍のあく抜きの方法です。
「えぐみは水溶性なので、水に出るんです。出てきたえぐみが筍に戻ってしまわないように、糠(ぬか)の粒子で包んでいるだけなんです。だから料理屋では筍のあくを抜くときは糠を使いますが、上手にあく抜きをしないと、糠くさくなるで。
だから、ご家庭で筍のあくを抜く場合には牛乳でもできるんですよ。筍がひたひたに浸かるくらいの水に、少しの牛乳を入れて茹でたら、それで十分です」
それを聞いて、筆者は「えっ、牛乳であく抜きができるんですか?」と聞き返してしまったほどでした。
木の芽味噌の緑は、手間暇の積み重ねで生まれる
今回の料理で印象的なのは、やはり木の芽味噌の鮮やかな深い緑です。あの美しい色にも、きちんと理由がありました。

「木の芽だけだと、もっと薄い黄緑色なんですよ。これだけの色を出そうと思うと、ものすごい量の木の芽が必要になります」
そこで「雲収」では、白味噌に酒を加えて2時間ほど練り込み、木の芽を加え、さらにゆでて裏ごししたほうれん草を入れているそうです。木の芽も6〜7パック使い、洗って、フードプロセッサーにかけ、冷凍し、さらに細かく砕いて使うとのこと。手間を惜しまない仕事ぶりが、ひと皿の美しさにつながっています。
しかし、家庭で作るなら、そこまでしなくていいと村田さんは言います。
「白味噌に、砂糖と酒を入れる。みりんでもいいと思います。そこへ刻んだ木の芽を加えるだけで十分ですよ」
料亭の技を知った上で、家庭向けの落としどころも示してくれるのはありがたいことです。


家庭で筍を焼くなら、フライパンを使う
では、家で筍を焼く時のポイントは何でしょうか?
「家ではなかなか難しいですね。やっぱり火力の問題があるので、店のようにはいきません」
店と家庭では、火力も道具も違います。だからこそ、村田さんは無理に店のやり方をなぞる必要はないと言います。
「家なら、皮をむいて、輪切りにし、フライパンで照り焼きみたいにするのがいいと思います」
高級料亭を営みながら、一般家庭での楽しみ方を提案してくれるのは、知識の深さの表れだと感じました。
最後に
今回驚いたのは、吉田さんと村田さんが、なんら打ち合わせをしていないにもかかわらず、「ボット・ゲイル ゲヴュルツトラミネール レ・ゼレマン 2019」に対してほぼ同じ評価をしたことです。
ということは、このワインが筍料理、特に焼き筍の木の芽味噌焼きに合うことは、間違いないとわかりました。
具体的な料理があり、それに対してソムリエと料理人が勧めてくれるワインがあれば、もっともっとワインに対して親近感が湧くものですね。筆者もこの連載を通じて、ワインのレパートリーや知識を増やしていきたいと思います。
■雲収
住所:京都府京都市東山区下河原通八坂鳥居前下る下河原町 石塀小路 463-30 2F
TEL:075(551)2000
営業時間:15時〜22時
定休日:水曜
HP:https://kikunoi-niku-unshuu.com
※予約は電話で受け付けています。

1階はすし店「鮨 青」。
●ワイン監修/吉田まさきこ(ワイングロッサリー代表取締役社長)

ワイングロッサリー代表取締役社長。J.S.A.認定ソムリエ、シャンパーニュ騎士団公認 オフィシエ(将校)、アルザスワイン騎士団公認 シュヴァリエ(騎士)。
大学卒業と同時にワインの世界に足を踏み入れ、ヨーロッパを中心に世界各国のワイン生産地数十回以上訪問。特にブルゴーニュ、シャンパーニュ、アルザスでの滞在が長く、得意分野としています。
過去のワイン講師歴は、合計200回以上、延べ4000人の受講者を数えます。HP:https://kyoto.winegrocery.com Instagram:@winegrocery_official
●取材・執筆/末原美裕

小学館の編集者を経て、編集プロダクション「京都メディアライン」を主宰。京都在住。日本文化や歴史、京料理、歳時記を主なテーマに執筆。『京都学問所紀要 鴨長明の世界』『京都学問所紀要 方丈記』(ともに賀茂御祖神社京都学問所)を編集。
note:@kyoto_monokaki Instagram:@kyoto_monokaki
●撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)











