
「鶏そば223(とりそばつつみ)」は京都市営地下鉄烏丸線「北大路」駅圏内の北大路通り沿いにある。
近くには日本最古の公立植物園「京都府立植物園」がある。
朝ごはんといえば、あっさりと軽めで、胃に重くないものを好む傾向があります。だから、駅の立ち食いでそばやうどんを食べる人が多いのでしょうね。
けれど、「ラーメン」となるとどうでしょうか? ラーメンにもいろいろな種類がありますが、どうしても「背脂が乗った、こってりしたもの」といったイメージがあるだけに、さすがに朝から食べようと思う人は少ないかもしれません。
しかしながら、京都には朝からでも食べたくなるラーメンがあるので、是非ご紹介したいと思います。
「朝から食べられる塩ラーメンを目指して」-堤さんが考えた朝食のかたち

「鶏そば223」の店主である堤啓太(つつみ・けいた)さんが、今のお店をオープンする前は京都・出町柳にあるシェアキッチンからスタートしたそうです。シェアキッチンの店舗を見つけたまではよかったものの、人気の店舗だから「金曜日の朝」という枠しか空いていませんでした。
「どう考えても、金曜日の朝なんてお客さんは来ないだろうなぁ」と堤さんは思ったそうです。どうしようかと考えた末、その悪条件を逆手に取った料理で勝負してみようと決めました。
「かねてより塩ラーメンの店を開こうと思っていたので、だったら朝から食べたいと思ってもらえる塩ラーメンを考案しようと決めたんです」
半年間、シェアキッチンで試行錯誤を繰り返しながら味の研究をしていくうちに、何度も通ってくれるお客さんが現れるようになりました。「この味なら、ラーメン激戦地である京都で勝負ができるかもしれない」と堤さんは考えるようになったそうです。
この期間で辿り着いた味とその味を覚えてくれたお客さんが来てくれることを信じて、『鶏そば223』を2020年8月にオープンしました。


そうした経緯から、『鶏そば223』の営業時間は、今でも朝8時から15時までという時間帯になっています。
ラーメン店といえば、11時ごろから暖簾を出して14時まで昼営業。一旦店を閉めてから夜の営業に向けて仕込みをする。夕刻17時から再び店を開け、夜遅くまで営業をするのが一般的です。
そうしたことを考えると、ラーメン業界においては革新的な営業時間ともいえます。
「シェアキッチン時代は、最悪の営業時間だと思っていました。でも、今になってみると世の中の働き方もすっかり変わり、今の時代にマッチしました」と堤さんはいいます。
丹念な素材選びが生む「味の秘密」
看板メニューである「朝から食べられる塩ラーメン」は、あっさりとして口当たりがよく、胃にもたれない柔らかな風味があります。まるで鶏の旨味エキスだけを凝縮したような品のある味わいです。
堤さんによると、スープは鶏出汁が99パーセント。大量の鶏の足を丁寧に下処理し、胴ガラも血抜きをした上で、堤さんが長い時間をかけて考案した順番通りに鍋に入れていくそうです。素材の配分や火入れはもちろん、何をどの順番で入れるかによっても味が変わってしまうため、スープ作りはとても繊細な作業だといいます。

しかも、スープはその日の分だけを作り、その日のうちに使い切ります。仮に残ったとしても、翌日に回して混ぜることは絶対にしません。毎日一から作るからこそ、雑味のない、澄んだ味わいに仕上がるのです。
塩ダレにも、堤さんの工夫が詰まっていました。フランス産自然海塩のゲランドやヒマラヤ産岩塩など、複数の塩を組み合わせ、そこに羅臼昆布、真昆布、ドライトマト、本節花鰹、塩麹などを重ねて、「旨味、甘味、酸味、苦味、塩味」のバランスを整えているといいます。

筆者は取材の途中、「そんなに詳しくレシピを公開しても大丈夫ですか?」と心配になって聞いてみると、堤さんはにんまりと笑って「大丈夫ですよ。簡単には真似なんて絶対にできませんから」と言われました。

さらに印象的だったのは、堤さんが仕入れを業者任せにはしないこと。静岡県浜松市まで足を運んで「姫みつば」の栽培農家を見に行き、千葉県君津市ではホンビノス貝の漁にも立ち会ったそうです。
「実際に会いに行って話を聞くと、食材への思い入れが変わります。それに、やっぱり顔の見える人のものを使いたいんです」と堤さん。

塩ラーメンにかけると、まろやかな味変が楽しめる。
その言葉通り、店内のメニュー表には、使っている食材の仕入れ先が丁寧に紹介されています。一杯の塩ラーメンの向こうに、生産者の顔が見えてくるような紹介文を読むと、このラーメンの味わいはいっそう深く感じられます。
名前に込められた遊び心

ミラノの朝陽〜旨塩スープ〜。1,200円。
ちなみに、この塩ラーメンの名前は、「ミラノの朝陽〜旨塩スープ〜」(以下、ミラノの朝陽)と名付けられています。ラーメンらしからぬ名前を聞いて、思わず「どうしてイタリア料理のような名前なんですか?」と尋ねてしまいました。
すると、「最初はごくごく普通のありきたりな名前だったんです。ある日、親しい友人から『もっと店の雰囲気にあった、かっこいい名前にしたら?』と提案されました。そう言われてもどうしたらいいものかと悩んだ末に付けた名前なんです。でもね、実のところ僕自身、ミラノどころかイタリアには行ったことがないんですよ」と堤さんは苦笑しながら教えてくれました。

写真は「ローマの休日朝ワインプレートセット」。朝8時から10時30分までの時間限定で注文できる。
プレートは手前の三種の特製鶏ハム盛り合わせ(300円)か、奥の七種のアンティパスト(500円)から。
飲み物は白ワイン(450円)かビール(ホワイトベルグ、350円)から選べる。
「朝ワインが人気です」と堤さん。
「223」から、有名俳優との縁が生まれる
店名の「鶏そば223」は、自ら考えた名前ではなかったといいます。
「実は僕は特に店名にこだわりがなくて…。だから、シェアキッチンを始めるときに、当時お付き合いしていた方とそのご家族が真剣に考えてくださった名前なんです」と堤さん。
ですが、「鶏そば223」の名前で営業を始めてみると、認知度も広がり、お客さんもこの名前に親しみを持ってくれるようになりました。そのため、当時付き合っていた方と別れた後も店名を変えずに今の店をオープンしたそうです。

この店名を変えなかったことで、思いもよらぬことが起こりました。
「僕はまったく知らなかったのですが、『223』は歌手で俳優の亀梨和也さんが大切にしている数字だそうです。2月23日というのは亀梨さんの誕生日であり、『223』には強いこだわりを持っているとのこと。そのことをご存じのファンの方々が『京都に鶏そば223というお店がありますよ』と彼に伝えてくれたことがきっかけで、来店いただきました」と堤さん。
そのときの様子は亀梨さんのYouTubeに配信されています。
はじめは馴染めなかった店名でしたが、意外にもお客さんに親しみを感じてもらい、そのことがやがては有名人を引き寄せることになりました。こうした経験から「縁というものは、実に不思議なものだなぁ」と今までより深く感じ入ったそうです。
そのこともきっかけの一つとなり、堤さんは、この店を人とのつながりの場としていこうと強く思うようになりました。
美味しいラーメンを作るだけではない-堤さんが大切にしていること
18歳で辻調理師専門学校に入った頃の堤さんは、将来のことをはっきり思い描いていたわけではなかったといいます。最初は中華料理に興味があり、その道に進もうと考えていました。しかし、学び、働くうちに、少しずつ気持ちが変わっていったそうです。
その原点をたどると、高校時代のある体験に行き着きます。松尾大社でのアルバイトで、「じゃがバター」を売っていた時のことです。じゃがいもを焼き、切り込みを入れて、バターをのせて渡す。シンプルな食べものですが、その時、外国人の女性が「美味しい」と言って2日続けて買いに来てくれたことがあったそうです。そのことがとてもうれしくて、「これが自分の店だったら、もっと楽しいんやろうな」と思ったといいます。
学校卒業後は有名ラーメン店で修行を重ねますが、暖簾分けで店を持つのではなく、自分の看板で勝負しようと決めたそうです。その頃から、堤さんの中で「料理人」としてだけでなく、「経営者」としての意識が芽生えていったのでしょう。

実際、堤さんのお話を聞いていると、「鶏そば223」は美味しい塩ラーメンを提供するだけの店ではないのだと感じます。「この店を人と人とがつながる場所にしたい」、そんな気持ちが店づくりのあちこちに表れているのです。
今の場所に店を出したのも、不思議な巡り合わせからでした。もともとの候補は別の物件だったそうですが、改装費もかさみ、最終的には大家さんから飲食店は難しいと言われてしまいます。急きょ探し直していた時に見つかったのが、現在の下鴨の店舗でした。
その時、一緒に内見してくれた工務店の人と不動産屋さんが、初対面とは思えないほど打ち解けて話していたそうです。後で聞いてみると、工務店の方の友人が、昔その不動産屋さんに卓球を教えてもらっていたとか。そんな偶然の重なりに背中を押されるようにして、「ここで店を開こう」と決めたといいます。

「お客様が当店に来てくれるのも『ご縁』だと思っています。だから、僕は塩ラーメンだけを売っているのではありません。人と人をつなぐのも僕の役割だと思っています」
その言葉通り、堤さんはお客さん同士をさり気なく紹介して、つながりを広げたりもしています。堤さんの謙虚で温かい人柄があるからこそ、できていることです。
最後に
実は筆者が「鶏そば223」を訪れたのは、2026年初めのことでした。きっかけは、味にうるさい老舗料亭の主人から「朝から食べられるラーメン店があるけど、行ってみたら?」と勧められたからです。正直に言うと最初は半信半疑で「朝ラーメンという物珍しさから評判になったのでは?」と、少し斜に構えた見方をしていました。
けれど、丹念に作られた鶏出汁のスープをひと口飲んだ瞬間、そんな見方は一気に覆されました。「ミラノの朝陽」は、朝の胃袋に優しく沁み込みながら、体のすみずみに活力をみなぎらせてくれる一杯だったのです。
しかも驚いたのは、美味しいラーメンだけではありませんでした。堤さんの接客と柔らかい店の雰囲気が、人見知りで友達付き合いの下手な私に2人も出会いとつながりを作ってくれたのです。
「食は人なり」。誰が作るかによって、その味わいは大きく異なります。そんな当たり前のことを、改めて実感しました。
そして、料理人の人生や思いを知ることで、料理の旨みはさらに深まります。

暑い夏を軽やかにしてくれる。
■鶏そば223
住所:京都市左京区下鴨西半木町70-2
TEL:なし
営業時間:8時〜15時(売り切れ次第終了)
定休日:月曜
インスタグラム:https://www.instagram.com/torisoba223/
●取材・執筆/末原美裕

登録無形文化財の京料理から町中華やラーメンにいたるまで豊富な食文化を持つ町、京都に住む。飲食店の料理人にフォーカスを当てて記事を執筆中。プライベートでは、料理人が贔屓にする飲食店を巡り、日々味覚を鍛えている。真の美味しさを追求することをライフワークとしている。
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●撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)











