蒸籠の蓋を開けると、酒にも似た麹の香りが立つ。

何段にも積まれた大きな蒸籠から湯気がふかふかとあがっている。ここは、大正4年(1915)に神戸元町・南京町で創業した『老祥記(ろうしょうき) 』。蒸したての「豚饅頭」を求め、連日行列ができることでも知られている。

初代の曹松琪(そうしょうき)さんと千代さん夫妻は、中国・上海から日本へ移住し中国・華北地方の「天津包子(テンチンパオツー)」の専門店を始めた。日本人に馴染みのある味にするため、試行錯誤を重ねてたどり着いたのが、醤油を効かせた餡。さらに日本人妻の千代さんの発案で、日本の「蒸し饅頭」になぞらえ「豚饅頭」とした。この店で豚饅頭が発売されるまで、日本には「豚まん」と呼ばれる料理はなかったとされ、“日式”「肉まん」の黎明となった。

肉団子を皮で包んだような「豚饅頭」は、片手で包みこめるほどの大きさ。小ぶりでいくつでも食べられそうだ。1個120円。

当初、店を訪れるのは中国船の乗組員がほとんどだったが、戦災で焼け野原となった神戸でこの「豚饅頭」を販売し続け、味わいが評判を呼び、日本人にも愛される元町名物となっていく。

戦後の復興期にも

味の要となっているのが、松琪さんが中国から持ってきた麹である。今、肉まんの皮は小麦粉をドライイーストで発酵させて作ることが一般的だが、『老祥記』では中国由来のこの麹で発酵させることにより、酒の香りにも似た独特の風味と、もっちりとした食感を生み出している。

大戦中も阪神・淡路大震災の災害からも、代々の店主によってこの麹は守られ、変わらぬ製法で今日も「豚饅頭」が作られている。

4代目の曹祐仁さんはこう話す。

「餡には特別なものは何も入れていません。合挽ミンチに刻んだ九条葱と醤油を加えているだけです。神戸の老舗精肉店『森谷商店』から仕入れる肉の旨さも秘訣になっているのでしょう。これからも老祥記の味を守っていきます」

蒸籠の蓋を開けた瞬間、酒饅頭にも似た麹の香りがふわりと立つ。饅頭は片手で包みこめるほどの大きさ。蒸籠の両側に立つ店員が、熱々の「豚饅頭」を10個、20個と手早く経木で包んでいく。100個、200個と購入する客もいて、家族や友人たちと楽しむのだという。餡の肉汁が、甘酸っぱい香りの皮に合い、確かに何個でも食べられそうだ。

開け閉めを繰り返して取っ手の部分に穴が開いた旧店舗のガラス戸が、店の歴史と人気を物語る。

経木で包み昔ながらの包装紙をかけた持ち帰り用。持つのはチーフの有常幸司さん。背後は旧店舗のガラス戸。
『老祥記』の前は、中国情緒が漂う南京町広場。購入してすぐ、ここで包みを開く人もいる。

南京町 老祥記

住所:兵庫県神戸市中央区元町通2-1-14
電話:078・331・7714
営業時間:10時~18時30分(売り切れ次第終了)
定休日:月曜(祝日の場合は翌日)
交通アクセス:JR神戸線ほか元町駅下車、徒歩約5分

取材・文/中井シノブ 撮影/奥田高文

 

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