文/鈴木拓也

《群仙図屏風》(岸駒、1786年、個人蔵)前期展示。

古来より、天皇家をはじめ貴顕の人々の別荘地として栄え、貴族文化が花開いた京都・嵯峨嵐山。風光明媚な景勝地としても知られ、京福電鉄の嵐山駅界隈は、内外の観光客でにぎわう。

駅前の通りを南下し、渡月橋の手前で右に折れた先にあるのが嵯峨嵐山文華館だ。小倉山の麓はかつて、藤原定家が百人一首を撰んだとされる地で、常設展は百人一首にちなんだ展示物が主体。これとは別に開かれる企画展では、江戸時代に活躍した画家たちの作品が並ぶ。

春が終わり、初夏の息吹を感じ始める4月下旬、ここを訪れた。

嵯峨嵐山文華館の外観。

初公開50点を含む約100点で構成

目玉は企画展の「それいけ! 応挙塾 -円山応挙とその弟子たち-」。2026年9月27日までの比較的ロングスパンで開催されている。

同館の説明によれば、「『それいけ!』とは、18~19世紀を駆け抜けた円山応挙と弟子たちの意気込みを、現代の私たちが応援したいという気持ち」を表しているという。「応挙塾」は造語だが、応挙と円山派の絵師たちを、まとめて表現する意味合いがこめられている。

展示物は、応挙のみならず、息子の円山応瑞(おうずい)、長沢芦雪(ろせつ)、源琦(げんき)らの作品を含む錚々たるもの。会期の途中で入れ替えながら100点近くが並び、そのうち50点が初公開というから、期待に胸がふくらむ。

円山派の作品が並ぶ嵯峨嵐山文華館の館内。

当代随一の評価を確立した円山派

展示の作品をピックアップする前に、応挙の生涯を少々。1733(享保18)年、丹波国桑田郡穴太(あのお)村(現在の京都府亀岡市曽我部町穴太)で生を受け、10代半ばに京都中心街の玩具商に奉公する。ほどなく、狩野派の石田幽汀の門に入り、絵を学び始める。20代にかけての修業期間を経た頃、円満院門主祐常(ゆうじょう)に画才を見出され、寵遇を得る。ここから応挙の飛躍が始まる。祐常が死去する1773(安永2)年まで、応挙は求めに応じて数々の作品を生み出している。《巌頭飛雁図》はその時期の代表作の1つで、本展(前期)で展示されている。

パトロンである祐常が亡くなったのは、応挙には痛手であったが、より広い層に受け入れられるきっかけともなった。宮中や公家、さらには豪商の三井家などから注文を受け、応挙は名声を高めていく。40代半ばには、多くの弟子を抱えるようになり、工房は大いににぎわった。

1788(天明8)年に起きた天明の大火では、御所をはじめ京都市中の大半が焼け落ちた。再建にあたり、障壁画の制作には応挙とその弟子たちも参加した。彼らが、皇室という権威のお墨付きを得たことで、当代随一の絵師集団としての評価が確立したともいえる。1795(寛政7)年の夏、63歳で病没するまで、応挙は精力的に絵筆を握り、幾多の傑作を遺したのである。

梅見の様子を文章とスケッチで活写

先述のとおり、本展を構成する作品は約100点。それらの魅力を余すところなく紹介とはいかないが、筆者が心惹かれた作品を挙げてみたい。

1点目は、《梅渓紀行図屏風》(前期展示)。1788(天明8)年1月28日、奇しくも天明の大火の数日前のこと。応挙は、門下の呉春や儒学者の皆川淇園(きえん)らを伴って梅見に遠出した。そのときのもようを綴った紀行文や簡素な梅の木のスケッチを、屏風に貼ったものである。

《梅渓紀行図屏風》(円山応挙、呉春、皆川淇園ら、1788年、個人蔵)前期展示。

途中で立ち寄った石峰禅寺にて応挙は、「これは仏教に関心を寄せている絵師の伊藤若冲が作り構えた、山の上にある五百羅漢で、すべて彼が自ら刻んだものだ」と話したことを、淇園は書き残している。また、目的地の桃山城址で、皆で酒を酌み交わし、句を詠んだが、酔いが深まって、そぞろな句ばかりになってしまったともあり、文化人らのほのぼのとした親交が伝わってくるようである。

見たことのない仙境を力強く細やかに描く

続いて、岸駒(がんく)による《群仙図屏風》(前期展示)。8人の仙人、鶴、亀、鹿、松が描かれた六曲一双の金箔貼りの屏風で、本展で初公開となる。樹木の緑などは力強い筆致で描かれる一方、仙人たちの髭は細い筆で一本ずつ繊細に描き込まれている。

《群仙図屏風》(岸駒、1786年、個人蔵)前期展示。

岸駒は、絵師を志して北陸から上京した頃、応挙に入門したがこれにとらわれず、狩野派や南蘋(なんびん)派など様々な流派からも画風を吸収し、自家薬籠中の物とした。後年、京都御所や金沢城の障壁画などを手掛け、名実ともに巨匠とうたわれ、多数の門下生を輩出したことでも知られる。なお、本作は2階の「畳ギャラリー」で展示されている。

嵯峨嵐山文華館の「畳ギャラリー」。

初公開の夜潮の作品を一挙公開

「畳ギャラリー」で展示されているもう1つの作品を挙げよう。こちらは、矢野夜潮(やちょう)の《祇園祭儀図屏風》(前期展示)。江戸時代後期の祇園祭の神輿行列を描いており、近影から遠景へとS字状の構図で人々の練り歩くさまが、祭りの躍動感をよく表している。

《祇園祭儀図屏風》(矢野夜潮、19世紀、個人蔵)前期展示。
上図の一部を拡大。

実は夜潮の作品は、福田美術館が所蔵する屏風以外は今回初めての公開。夜潮は、応挙の弟子である山口素絢(そけん)に学んだ、「応挙塾」では孫弟子である。人物画に優れた才能を発揮し、本作でも一人一人の表情を描き分け、顔の向きなども緻密に計算されているのがわかる。

近年、いわゆる奇想派の人気に押され、やや影を潜めた印象のある円山派だが、一通り鑑賞してみると、類まれな美の表現と多彩な個性には惚れ惚れする。思わず時を忘れてしまう鑑賞体験をお望みなら、ぜひ訪れたい。

【開催要項】
展覧会「それいけ! 応挙塾 -円山応挙とその弟子たち-」
会期:2026年4月25日(土)~2026年9月27日(日)
 前期:〜6月15日(月)
 中期:6月17日(水)~8月3日(月)
 後期:8月5日(水)~9月27日(日)
休館日:5月12日、6月16日、7月7日、8月4日
開催時間:10:00~17:00(最終入館16:30)
会場:嵯峨嵐山文華館
所在地:京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町11
入館料:一般・大学生:1000(900)円、高校生:600(500)円、小中学生:400(350)円、障がい者と介添人1名まで:各600(500)円、幼児無料
※( )内は20名以上の団体料金
※割引となる福田美術館(「若冲にトリハダ! 野菜もウリ!」 https://serai.jp/event/1267663)との2館共通券あり
電話:075-882-1111
展覧会案内サイト:https://www.samac.jp/exhibition/detail.php?id=69

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2026年
6月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

市毛良枝『百歳の景色見たいと母は言い』

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店