洋服はちょっとしたデザインの違いによって、よりフォーマルになったり、よりカジュアルになったりする場合があります。今回はそんなちょっとした違いについて考えてみたいと思います。
皆さんがジャケットを選ぶ際、最初に考えるのはシングルブレステッドにするか、ダブルブレステッドにするか、ではないでしょうか。通称シングル、ダブルと言っている洋服の前の合わせ方ですが、ここにもフォーマルとカジュアルの区別があるのでしょうか?
もうずいぶん古い話になりますが、銀座のある有名な洋服店のご主人が、ご親類の葬儀に出席なさるために故郷に帰られました。その方はシングルのブラックスーツで通夜に参列したところ、ある長老の方に「洋服屋のクセに身内の葬儀にあんな略式な洋服で参列するとはなにごとだ。なぜ、ちゃんとダブルの上着を着て来ないのか」と言われ、ひどく叱られてしまった、と苦笑しておられました。
このように、日本ではダブルが正式、シングルが略式という認識をもたれている方もいらっしゃるようですが、じつは、これは日本だけの不思議な考え方で、欧米ではこのようなとらえられ方はされていません。
そもそもダブルブレステッドとは、船乗りが甲板でウォッチ(見張り)についた時、左から風が吹いている時は洋服の右側を内側にいれた前合わせ(右前、男前)で、逆に右から風が吹いて来ている時には左側を内側にした前合わせ(左前、女前)で着て、風がボタンの間からコートの中へ入ってこないようにするという工夫から生まれたものなのです。
ですから、起源を考えればダブルブレステッドは、どちらかといえば実用的な作業服から生まれたカジュアルなものといって差し支えないでしょう。
それをいつ、どうのような経緯でそうなったのかわかりませんが、日本においてのみダブルのほうがシングルよりフォーマルだと信じ込まれてしまったようです。理由についてはいろいろ調べてみましたが、すべて想像の域を脱さない推測ばかりで、明確な答えは見つかっておりません。
いずれにしろ、TPOにあわせてシングルもしくはダブルを使い分ける必要はありませんから、どちらを選ぶかはみなさんのお好み次第です。
ひとつあるとすれば、シングルブレステッドの前ボタンの数です。基本的に、数が少ないほどドレッシーで、多くなるほどスポーティーになるといわれています。例えばフォーマルウエアのモーニングや、シングルブレステッドのディナージャケット(タキシード)は、ひとつボタンが原則です。
しかし、普段使いのスーツやジャケットであれば、お好みで選んでいただいて問題ないでしょう。
一方、ズボンの裾はシングルのほうがよりフォーマルです。燕尾服でもモーニングやタキシードでも、フォーマルウエアの場合、ズボンの裾は必ずシングルというルールがあります。
ズボンの裾をダブルにするのは、その昔、おしゃれで有名なあるイギリスの貴族が、雨の日にズボンの裾が濡れないように折り上げて教会に現れ、その裾を下ろし忘れた姿を見た人々が、最先端のおしゃれだと勘違いして真似をしたのがはじまりだといわれています。なんだか、前回ご紹介したチョッキの一番下のボタンと同じような話ですね(詳しい記事はこちら)。
本来ならば、ズボンの股下の長さは正確に自分の寸法に合わせて仕上げられているべきで、折り上げて長さを調節するのは、股下寸法の採寸が正しくなされていない証拠です。普段着ならばともかく、特にフォーマルウエアは正確にできていなくてはいけないので、折り上げるようではいけないというのが、フォーマルのズボンの裾がすべてシングルである理由です。
文/高橋 純(髙橋洋服店4代目店主)
1949年、東京・銀座生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本洋服専門学校を経て、1976年、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションのビスポーク・テーラリングコースを日本人として初めて卒業する。『髙橋洋服店』は明治20年代に創業した、銀座で最も古い注文紳士服店。
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