文・写真/パーソン珠美(海外書き人クラブ/スウェーデン在住ライター)

中央アジアの人々の生活に欠かせない米料理プロフ

中央アジアの人々の生活に欠かせない米料理プロフ

知られざる中央アジアの食文化

中央アジアの食、と言われてもどんなものが食べられているのか見当がつかないかも知れない。乾燥したイメージのあるかの地であるが、各国とも大きな街には必ず同じような形式のマーケットがあり、野菜や果物、食肉などたくさんの農産物があふれ、豊かな食生活を送っている様子が伺われる。

カザフスタン最大の都市アルマティのグリーンバザール

カザフスタン最大の都市アルマティのグリーンバザール

中央アジアと一口に言っても、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンに及ぶそのエリアは広大。にもかかわらず代表料理に挙げられるものはほぼ同じで、種類自体は多くはないものの、東西の多様な地域の影響が見られ、麺、米、スープなど、料理のスタイル的には一通りのものがある。
各国共、市場ではたくさんのスパイスが売られているが、どちらかというと隠し味的に使われ、新鮮な肉と豊富に採れる野菜をたっぷり入れて素材の味を生かしたクセのないものがほとんどで、爽やかな風味のハーブ、ディルが多用されること以外に強い特徴はないが、それゆえ日本人の口にも合うものが多い。

東西から伝わり根付いた中央アジアの料理

かつてはシルクロードが通り、陸続きのさまざまな国の影響を受けた中央アジアの料理は、人の行き来や文化の交差が想像され興味深い。そんな中からかの地を代表すると言われる料理を、スペースが許す限り紹介したい。

中央アジアの人たちの生活に欠かせない「プロフ」

一度に調理する量が多いほど美味しいとされるプロフ

一度に調理する量が多いほど美味しいとされるプロフ

トルコのピラフが起源と言われる「プロフ」は、中央アジア人の生活に不可欠と言っても良いほどの米料理で、ユネスコによりタジキスタンとウズベキスタンの無形文化財として登録されている。たっぷりのラム肉、ニンジン、玉ねぎを炒め、その上に米を加えて炊くのが一般的だが、数百ものバリエーションがあると言われる。普段の食事として食べられる他、特に、客をもてなす時、祝い事や行事などの集まりの際にはプロフがないと始まらないという。そのため複数で作る機会が多く、レシピは、家族間、地域コミュニティ、同じモスクに集まる者同士等で受け継がれている。油がしっかり使われた料理だが、油っこさはさほど感じられず、野菜の甘味を生かした優しい味わい。

中国からカスピ海に至るまで食べられる人気料理「ラグマン」

たっぷりの具ともっちりした太麺で食べ応えのあるラグマン

たっぷりの具ともっちりした太麺で食べ応えのあるラグマン

少しでも知識のある人が中央アジアで食べられている料理と言ってまず思い浮かべるのは「ラグマン」かも知れない。ラグマンはトマトベースの汁にうどんのような太い麺を入れ、その上に、炒めたたっぷりの肉と野菜を乗せたもので、辺境の、2、3品しか出すものがないような食堂でもメニューにある事がほとんどというくらい浸透している。

炒め物を乗せることから想像できるように、起源は中国の西域。ラグマンの店は中国本土でもよく見かけるが、西はカスピ海に面するカザフスタンやトルクメニスタンまで食べられていることを考えると、気が遠くなるくらい広い範囲に伝搬した人気料理と言えるだろう。

陸を伝い、海を渡り、世界各地に「兄弟」がいる「サムサ」

手作りの焼き立て熱々が出されるタンディールサムサ

手作りの焼き立て熱々が出されるタンディールサムサ

名前から関連が想起されるインドのサモサと起源が同じと言われる「サムサ」。小麦粉の生地に具材を包んだ同様の食べ物で、文献に出てくる一番古いものは9世紀ペルシャの「サンボサ」だという。サンボサはアラブ世界や中央アジア、そしてインドに伝搬し、複数の宗主国により植民地から植民地へと伝えられ、名前や具材を少しずつ変えながら、アフリカ、モーリシャス、モルジブ、ビルマなどにまで伝搬した。

インドのもののように油で揚げる「兄弟」が多いサムサであるが、中央アジアではオーブンで焼くスタイル。具はミンチ肉に野菜を加えたものが多く、ジャガイモやかぼちゃを入れたバリエーションもあるが、いずれもスパイスの味は控えめ。サムサの中でも丸い窯で焼いたものは「タンディールサムサ」と呼ばれ、パリッとした生地からジューシーな肉汁があふれ出てくるのがたまらない一品だ。

中央アジアの珍味

食事全般に関してはクセがなく万人の口に合うものが多い中央アジアであるが、かなり独特な風味を持つ、日本人にとって「珍味」といえる食べ物や飲み物もある。

香りと味が大違いな乳製品「クルト」

見た目も香りもマイルドで美味しそうなクルト

見た目も香りもマイルドで美味しそうなクルト

中央アジアでは伝統的に乳製品が栄養源として重宝され、バリエーションが多い。「クルト」は塩入りヨーグルトを乾燥させて固めた食べ物で、スーパーやマーケット、道端の露店など売られているのを実によく目にする。そのまま食べることが多いが、料理に使われる場合も。口に近づけると乳製品らしい優しい香りが漂ってくるが、塩が大量に入っているため、香りから連想される味とは異なり、思わず顔をしかめてしまうほどの塩辛さ。日本人で進んで食べられる人は多くないだろう。

喜んで飲み干せるのがもはや謎とも思える「クミス」

使い回しのペットボトルに入れ売られることの多い手作りのクミス

使い回しのペットボトルに入れ売られることの多い手作りのクミス

クミスは馬の乳を発酵させた馬乳酒。中央アジアでも、草原地帯を持ち馬を飼育する伝統のあるカザフスタンやキルギスで特に作られている飲み物で、日本語では名前に「酒」の文字がつくもののアルコール度は極めて低い。発酵飲料独特の酸味と塩味、そして藁のにおいのようななんとも野性的な風味が強く、慣れない者には一口飲み干すのも難しい。現地の人たちが嬉しそうに飲むのが謎めいて見えるほどだ。

酒のつまみとして賛否ある脂身の塩漬け「サーロ」

脂だけのもの、肉も少量付いたものなど種類が多いサーロ

脂だけのもの、肉も少量付いたものなど種類が多いサーロ

サーロは、塩漬けにした豚の背脂を薄くスライスして食べるもので、元々はウクライナのものだが、旧共産圏で広く食されており、中央アジアも例外でない。塩に漬けただけのもの、ガーリックやハーブに漬けたもの、燻したものなど種類はいくつもあるが、味は見た目そのままにまさしく「脂身」と言った感じの脂っこいものがほとんど。しかしながら日本人でも好きな人はいて、賛否が分かれる食べ物である。現地では特に酒のつまみとして好まれている様子で、ウォッカがポピュラーな中央アジアには、サーロもそのお供として伝わった可能性が高そうだ。

以上、一部のみの紹介になったが、中央アジアの料理は、広い範囲に渡って食べられているにも関わらず、レストランで出されるものの味はどの国で口にしても不思議なくらい似ている。地図上は5つの国に国境が引かれ、時に民族紛争を起こすことなどもありながら、中央アジアでは他からたどり着いたレシピを伝え合い、会ったこともないような人たちが同じものを食べている。国境や人種は美味しいものの共有を隔てはしない、ということであろう。

写真・文/ パーソン珠美
日英通訳、ライター。さまざまな業界での通訳や取材、5ヵ国の在住経験と45ヵ国超の海外渡航歴、国際結婚、子育てなどから得た豊富な経験をもとに執筆。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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