取材・文/編集部
北陸・福井県の美味いものといえば、なんといっても「越前がに」が名高いが、じつは他にも知られざる旨し名物が多々ある。今回は、その一部を巡る旅にご案内しよう。
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油揚げ(谷口屋)
越前・福井は、知る人ぞ知る「油揚げ大国」である。年間の「油揚げ購入額ランキング」では、福井市が55年も連続で全国ナンバーワンを独走。福井の人々にとっては、冷蔵庫に“お揚げ”が入っていないと不安になるというほどに、生活に密着した食材なのである。
そんな福井の油揚げを求めて、県北部の坂井市にある「越前竹人形の里」にある老舗『谷口屋』の分店レストランを訪ねた。
店内では、職人が油揚げを揚げているところをガラス越しに見学できる。
福井の油揚げは、とにかく分厚いのが特徴。厚い豆腐を、太白ごま油を満たしたフライヤーで一枚一枚揚げていく。油の温度を上げ下げしながらの作業は職人の勘と経験が問われる。
油のなかで何度もひっくり返しながら、じっくりと熱を通して揚げていく。1個揚げるための所要時間はなんと50分! 気の長い作業である。
そうして揚げあがったばかりの油揚げがこちら。
揚げたての油揚げは、カリッとした歯触りが身上。そして油の香ばしさと、豆腐のジューシーな旨みが追いかけてくる。
たっぷりの大根おろしとネギをぶっかけ、醤油をひとたらししていただくのも最高だ。
ここ『谷口屋』の油揚げは「焼いて美味しい」油揚げの代表格なのだそうだが、実際に福井の人々は油揚げを「煮て食べる」ことも多いという。家ごとに馴染みのメーカーや銘柄があり、ふだんの御馳走として人々の舌と心を満たしている。
そんな福井の人たちは、油揚げの油抜きなどしないという。「せっかくの油の旨みを抜いてしまうなんて信じられない」というのが本音だそうだ。大豆の旨みと油の旨みが堪能できる福井の分厚い油揚げ、ぜひ現地で揚げたてをお試しいただきたい。
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日本酒「北の庄」(舟木酒造)
北に白山を源流とする九頭竜川の清流が流れ、その清冽な伏流水の恩恵を受ける福井は日本酒造りも盛んだ。福井県内に36ある日本酒の蔵元のひとつ、福井市内にある舟木酒造を訪ねた。
慶応2年創業、現当主で4代目という舟木酒造は、福井県内でも最初に吟醸造りを始めたという由緒ある酒造。酒造好適米「五百万石」を主に「神力米」「吟ふぶき米」「越の雫米」など地元米にこだわり、杜氏の技術に裏付けられた伝統的な酒造りを続けている。主力銘柄は「北の庄」と「富成喜(ふなき)」である。
この蔵で一番人気の「北の庄 純米吟醸」はスッキリとした飲み口とまろやかな口当たりが特徴。「クセがないので物足りない感じがするかもしれませんが、そのぶん料理との相性は抜群です」と当主の舟木三右衛門氏は奨める。
また酒蔵の名前に目出度い文字を当てた「富成喜」は、平成9年に理想の味にやっとたどりついた酒として生まれたレーベル。酒米別のラインナップは日本酒好きのマニア心をくすぐる。
「富成喜 山田錦使用 無濾過生原酒」は、酒蔵でこそ味わえる絞りたてのフレッシュな酒。これを福井の郷土料理である「里芋のちんころ煮」や「さばのへしこ」、赤い「すこ」(八ツ頭芋の酢漬け)などと合わせていただく。女性的でひかえめなやさしい味わいの酒は、土地の伝統料理によく馴染んでいた。
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酒まんじゅうと水ようかん(にしさか)
越前がにの水揚げと、全国でも珍しい「夕セリ」が行われることで有名な三国。ここのもう一つの名物が「酒まんじゅう」である。かつて三国が北前船や千石船で賑わっていた頃から伝わるこの銘菓を求めて、三国でも名高い老舗「にしさか」を訪ねた。
三国銘菓の酒まんじゅうは、しっとりまろやかな餡を、じっくり熟成発酵させた甘酒風味の皮でつつんだもの。多くの店があるなかで、「長」の文字を焼き印したにしさかの酒まんじゅうは、その代表格として昔から地元の人に愛されてきた。
そもそも福井では地域ごとにまんじゅう屋があり、婚礼の際などには贔屓のまんじゅう屋の箱に詰めたまんじゅうを玄関に積み上げて、お祝い事があることを近隣に伝えていたという。そんな風習の名残を感じさせるまんじゅう箱が、にしさかの店頭にも展示されてあった。
また福井の冬ならではの銘菓といえば「水ようかん」である。ここ『にしさか』でも、水ようかんが売り出されていた。
つるっと冷たい水ようかんといえば全国的には夏を連想させるものだが、福井ではこれを雪が降る寒い冬に、こたつの上で食べるのが習わし。「越前がにの解禁」とともに、「水ようかんはじめました」は冬の到来を告げる風物詩なのである。
木箱から簡素な紙箱に流しただけの「一枚流し」販売が福井の水ようかんの特徴。そして水ようかんの切れ目に沿って付属のヘラですくい、そのままつるんと口内に流し込む。噛まなくてもすっとほどける口溶けと、つるっと冷たい喉ごしの良さを堪能できる。ほんのり黒糖風味の優しい甘味で、いくらでも食べられそうだ。
福井県内では、各地域ごとに味や作り方が異なり、町ごとに違った味わいの水ようかんが作られている。パッケージも多種多様で、食べ比べてみたくなる。地元でしか味わえない昔ながらの水ようかんは、冬の福井旅の大きな楽しみだ。
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今庄つるし柿(杉休)
県中部の山間部にある今庄(いまじょう)という地区には、古くから「つるし柿」作りが伝わってきた。干し柿の一種だが、天日に干す前に「煙で燻す」のが特徴。これにより他にはない、唯一無二のスモーキーな干し柿が出来上がる。
そんな伝統のつるし柿を求めて、南越前町にある生産者「杉休」を訪ねた。
そもそも今庄はかつて北陸道の宿場町。つるし柿は「一つ食えば一里、三つ食えば三里歩ける」と言われたように、旅人の携行食として人気があった。長良(ながら)という小振りで細長い品種の渋柿を使い、毎年11月に作られる。昔は囲炉裏のある部屋につるして燻されたが、今は専用の部屋で、ケヤキなどの落葉樹を焚いて燻される。
収穫した柿を、特殊なピーラーを使って、職人がどんどん剥いていく。簡単そうにみえるが、早く無駄なく美しく剥いていくには熟練の技が求められる。
皮を剥いた柿を、ミチシバと称する柴縄にくくりつける。そしてこの状態で、専用の部屋で丸一日ほど燻していく。
燻された柿は、手でもみほぐしてから、天日干しに。晴れていれば2~3日ほどで完成となる。
すっかり黒く変色したつるし柿は、囓ると控えめな甘さとともに、燻香が口の中を満たす。目を閉じれば、まるで囲炉裏端にいるようだ。一般的な干し柿とはまるで違う独特なスモーキーフレーバーは、ウイスキーやシェリーのような酒と合わせてみたくなる。
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以上、越前・福井の知られざる美味いものを紹介した。冬のこの季節、現地でしか味わえない地元ならではの味を求めて、福井へ旅してはいかがだろうか。もちろん冬の味覚の王者「越前がに」のご賞味もお忘れなく!
取材・文・撮影/編集部