取材・文/鈴木拓也
白や赤の葉の稲や、赤褐色や紫の穂の稲などを組み合わせて水田に植え、高い所から見ると1枚の絵になっているという「田んぼアート」。観光客誘致の秘策として、今では津々浦々の稲作地帯で制作されている。
その田んぼアート発祥の地は、青森県弘前市に隣接する人口8千人弱の田舎館村。約2,100年前の弥生時代から稲作が行われていたことを示す「垂柳遺跡」があり、今も稲作を主力産業とする、稲と縁の深い土地である。
田舎館村が田んぼアートを始める原点となったのは、1993年の稲作体験ツアー。村おこしの一環として組まれたイベントで、観光客に手作業の田植えや稲刈りを体験してもらおうというものであった。
これにもう少し話題性を加えようと、3種の色違いの稲を使い、青森県の最高峰岩木山の姿と「稲文化のむら いなかだて」の文字を水田にあしらうことになった。日本で初めての田んぼアートの誕生である。田植えをしたのは、4月の体験会にやってきた村外の120人ばかりの人たちである。
7月、皆で植えた苗が30cmほどに生育して、岩木山と稲文字が水田に浮き上がった。パイプを組んで構築したやぐらから、それを見た人たちは「これはすごい。まさかこんなにきれいな絵柄が描けるとは」などと口々に絶賛したという。
田んぼアート(当初は「稲文字」と呼んだ)は、口コミやメディアの紹介などで徐々に認知度が高まり、それを受けて2003年には「有名な芸術作品に挑戦しよう」ということで「モナリザ」が描かれた。
しかし、これはモナリザの顔が下膨れに、上半身はかなり太めに見えて不評に終わる。まっすぐ上空から見れば、きれいなモナリザ像なのだが、展望台に登って斜め上から見れば、大きく太く見えてしまう。
そこで、遠近法の手法を採用し、原画に歪みをあえて入れることで、斜め上から見たときに美しく見えるよう、画像編集ソフトを駆使して翌年出来上がったのが、棟方志功の2作品である。
こちらは文句なしの完成度で評判もよく、来訪者は3万人の大台に達する。その後、田舎館村の村役場ほか制作関係者は、さらなる高みを目指し、東洲斎写楽や俵屋宗達の作品など、より精緻さを求められるテーマに挑戦。「田舎館村の田んぼアートはすごい」と、やがて、全国に知られるアートイベントへと進化してゆく。
さて、2014年のテーマは『富士山と羽衣伝説』。前年に世界遺産に登録された霊峰を天女が舞う雄大かつ神秘的なものであったが、ついに天皇皇后両陛下が観覧されるという光栄に浴した。また、この年の動員数は約30万人となり、ほんの10年で10倍の人数に増加している。
そして今年(2018年)のテーマは、『ローマの休日』と『手塚治虫キャラクター』。前者は第1会場で、後者は第2会場にて鑑賞できる。
第1会場は、田舎館村役場の4階に位置する露天の展望台。そこから目の前に広がる田んぼアートを堪能できる。この役場は、城を模した全国でも類を見ない建物で、6階の「天守閣」からでも見ることができる。
第1会場の田んぼアートは、それぞれ横約50m、奥行約140mの水田2面に描かれている。左側は、『ローマの休日』の主演俳優グレゴリー・ペックとオードリー・ヘプバーンがコロッセオを背にスクーターで2人乗りするシーンを、右側は、「真実の口」の前で抱き合う2人のシーンを再現。下部には「田舎館のあさゆき」(「あさゆき」とは新品種米)と「考えよう 相手の気持ち」の稲文字がある。
第2会場は、弘南鉄道の田んぼアート駅近くの『弥生の里展望所』。地上高約14mから見渡せるのは、手塚作品の名作『鉄腕アトム』、『ジャングル大帝』、『ブラック・ジャック』、『リボンの騎士』の主人公たちと、生誕90周年を迎えた作者本人の似顔絵だ。
2018年の田んぼアートの観覧期間は10月8日まで。これを見逃しても、来年また新たな素晴らしい作品が生まれる。一生に一度は行くべき展覧会として、チェックしておいてはいかがだろうか。
【田舎館村の田んぼアート基本情報(2018年)】
観覧期間:~10月8日(月祝)※第1会場は9月30日休館
観覧時間:9:00~17:00(最終入館16:30)
料金(大人):第1会場4階展望デッキは300円、第1会場6階天守閣は200円、第2会場は300円
交通アクセス:県外旅行者は、弘南鉄道弘前駅乗車、田んぼアート駅下車で第2会場を訪問後、無料シャトルワゴン車で第1会場へ向かうのが便利。
田んぼアートサイト:http://www.inakadate-tanboart.net
参考図書:『田んぼアートのキセキ』(葛西幸男/主婦と生活社)
取材・文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。