文/柿川鮎子
「昆虫記」で有名なアンリ・ファーブル(1823 – 1915)が、実はキノコについても超一流の研究者だったなんて、ご存じでしたか?
キノコの分類学が専門のキノコ博士こと根田仁先生に、ファーブルとキノコの知られざる深イイ関係について教えていただきました。
「南フランスで生まれたファーブルは、3歳のときに山村にある祖父母の元に預けられたのですが、そこで自然と親しむことになりました。とくにキノコ類は、そのさまざまな色合いで、幼いファーブルを惹きつけました。
初めてキノコを採った際の天にも昇るような嬉しさについて、晩年になってからも思い出して著書に書いているほどです」(根田さん)
そんなファーブルの“キノコ大好き”ぶりを伝えるエピソードをいくつかご紹介しましょう。
■1:昆虫も「キノコの食べ方」で分類した
日本ではファーブル昆虫記というと、フンコロガシのエピソードが即座に思い出されますが、実はそのフンコロガシの一節は昆虫記のごく一部で、ほかにもノミや蜂などたくさんの記述があるのです。
ファーブルは昆虫を分類する際も、キノコを噛んで飲み込む虫(甲虫と衣蛾の幼虫)と、キノコをスープにして飲む虫(蛆など)というように、キノコの食べ方で分類しました。キノコ好きのファーブルは、昆虫の分類にキノコの食べ方を採用したのです。
■2:昆虫を使ってキノコを見つけることができた
高級食材として名高いキノコ「トリュフ」と昆虫との関係も、詳しく調べていました。
「ファーブルが住んでいた村では、犬にトリュフを探させていたのですが、犬より虫のほうがキノコのにおいに敏感だということをファーブルは知っていました。
例えばアメバエの一種がトリュフの近くに卵を産み付けることを知っていましたし、フランスムネアカコガネは特定の地下キノコを取り出すのが上手で、この虫の行動を観察するとキノコを見つけることができたと書かれています」(根田さん)
■3:キノコを使って多くの実験を試みた
ファーブルは、キノコの姿・形や生態について詳しく観察するだけでなく、キノコを使った様々な実験を試み、多くの発見を書き残しました。
たとえば食用キノコであるヤマドリタケに関して、長時間煮沸したり炭酸ソーダを入れても形が崩れなかったのに、あるコバエ(キノコバエ)の消化酵素を使えば短時間のうちにドロドロになってしまうということを突き止めました。
■4:膨大なキノコのスケッチを残した
ファーブルは美しいキノコの水彩画を描き続け、生涯で約700点以上のキノコの精密な実物大の水彩画として残しています。美しいキノコのスケッチのうち221点は、90年後にコサネルによって解説を加えて出版されました。
ファーブル昆虫記10巻の初版でも、アカモミタケの近縁種とツキヨタケの近縁種のスケッチが掲載されていましたが、なぜか死後の改訂版では、食菌性昆虫の図に差し替えられてしまいました。これも、ファーブルからキノコのイメージを遠ざける一因になったかもしれません。
■5:残念ながら……
前述のとおり、ファーブル昆虫記の中にも、キノコについては二章にわたって記述されていますが、「残念ながら、きのこの話はこれぐらいでおしまいにしておこう」という記述を最後に、昆虫の話題に戻っています。
この「残念ながら」に込められたファーブル先生の溢れんばかりのキノコ愛。たまりませんね。ファーブルはもっとキノコについて書きたかったのではないでしょうか。
* * *
以上、昆虫記のファーブルが、じつはキノコに首ったけだったというエピソードをご紹介しました。ファーブルはもっとキノコの研究家として知られるべき存在だったのかもしれません。
「ほかにも、ファーブルの著書にキノコに関する記述は多く、たとえばツキヨタケの近縁種の発光を観察したりしています。炭酸ガスや窒素ガスのなかでは消えることや、空気を含んだ水の中では光っているけれど、煮沸することで空気を失った水の中では光らないこと、そして、蛆虫や衣蛾、コウラナメクジはこの光に誘引されないことを初めて発見しています。
しかし、もしファーブルの昆虫記ならぬ『キノコ記』がもっと広まっていたら、世界中で中毒を起こしてしまう人が増えて、大問題になっていたかもしれません。というのは、ファーブルは毒キノコについて、塩を一つまみ入れて沸騰させた湯の中でキノコをゆで、それを冷たい水で何度か洗うと毒抜きできると記し、読者にもそうやって毒抜きをすすめているからです。
彼の住んでいた村ではこの方法で毒抜きをしていたようですが、この方法では無毒化されないことが多いのです」(根田さん)
なんと、ファーブル先生、キノコの毒にあたらなくてよかったですね!
解説/根田 仁
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、研究ディレクター(生物機能研究担当)。1957年東京生まれ。1980年東京大学農学部林学科卒業。博士(農学)。1982年から農林水産省林野庁林業試験場(現・森林総合研究所)に勤務。きのこの分類・栽培などの研究に従事。著作に全国農村教育協会発刊「たのしい自然観察 きのこ博士入門」など。
文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。