
料理は、どういう人生を歩み、どのような思いで作っているのかを知ると、味わいがぐっと深くなるものです。京都の「OHARU(おはる)」の朝食もまた、店主・吉田はる美さんの人柄に触れるほど、味の感じ方が変わっていきます。
三重県の南伊勢の魚、たっぷりの大原の野菜、やさしい味つけ。その背景には、店主・吉田はる美さんが歩んできた道のりがありました。
「野菜をたっぷり食べてほしいんです」吉田さんが考えた朝食のかたち

おはようAセット
上から時計回りに、目覚めの一杯、ヨーグルト、サラダと温野菜、オムレツ、今日の魚メイン料理(この日はワラサ)、カリフラワーのスープ、パン(全粒粉食パンとカンパーニュ)、バターと手作りジャム。この他に飲み物がつく。2,300円。
「『おはようAセット』は、野菜をたくさん摂ってもらいたいと思い、考えました。魚をメインに食べてもらいつつ、ごはんと焼き魚の定食とは少し違う、パンに合う洋風の魚定食のようなイメージです」と吉田さん。
「OHARU」の朝食をいただいてまず感じたのは、しっかり食べたという満足感があるのに、不思議ともたれないことでした。その理由を尋ねたところ、「内モンゴルの塩とオリーブオイルでシンプルな味付けにしているからだと思います。内モンゴルの塩はやわらかく、素材の味を生かしてくれるんです」と教えてくださいました。
意外だったのは、吉田さんは、もともと早起きは得意ではなく、朝ごはんをたくさん食べるのが苦手だということでした。
「私自身、朝早い時間にしっかり食べることができなくて…。だからこそ、ちょっと特別な日や、観光の朝ごはんとして、『今日はおいしいものをしっかり食べよう』『野菜をたっぷり摂ろう』と思ってもらえるような一皿にしたいと思って作っています」
セットに添えられるパンは、吉田さんの夫が営む「吉田パン」のもの。20年以上にわたり京都市内のレストランなどに卸してきた、料理人からの信頼も厚いベーカリーのパンです。

「おはようAセット」だけでなく、ほかの献立にも吉田さんの思いが表れています。
「『おはようBセット』は揚げたてフィッシュタルタルバーガーとスープです。バーガー系は、お子さんや男性にも、ぱくっと気軽に食べてほしいなと思って作りました。
『OHARU』を出店する前に『はるちゃん食堂』として間借り営業をしていた頃から、フィッシュタルタルバーガーは作っていて、とても好評だったんです。揚げたてを出せますし、これは絶対に出そうと思っていました」

しっかり食べたい人には、揚げたての魚を挟んだバーガーという選択肢があります。一方で、「もう少し野菜をしっかり食べたい時とか、ほっとするものがほしい時もあるかなと思って」始めたのが「おはようCセット」の季節の野菜のポトフとパンのセット。
パンにも合い、スープに浸して食べてもいい。最初は冬だけの提供のつもりだったそうですが、季節ごとに旬の野菜を使って続けているといいます。朝の気分やお腹の具合で選べるようにしているところにも、食べる人へのやさしさが感じられました。

おはようCセット
左上から時計回りに、パン(全粒粉食パンとカンパーニュ)、季節の野菜ポトフ、バターと手作りジャム。この他に飲み物がつく。1,500円。
「OHARU」開店当初から、朝食を提供するつもりだったと吉田さんは言います。
「京都には夜行けるお店はたくさんありますから。私は朝から夕方までの時間帯で食事を提供したいと思っていました」
さらに、「ホテルで早めに朝食を食べて出かけたり、朝食を抜いていたりすると、10時くらいに小腹が空くことってあると思うんです。でも、その時間にやっているお店は意外と少ない」とも話してくださいました。
朝のウォーキングや散歩、観光の途中でふらっと立ち寄れる店でありたい。そんな視点が、「OHARU」の朝食をいっそう魅力的なものにしているように思いました。
南伊勢の魚と吉田さんが育ってきた土地の話

「今日のお魚も、三重県の南伊勢町から送ってもらったものなんです」
そう教えてくださった吉田さんのご実家は、三重県度会郡南伊勢町。リアス式海岸が広がり、片側に海、片側に山があるような自然豊かな土地だといいます。両親は今もその地に暮らし、兄弟たちも地元にいるそうです。吉田さんにとって、南伊勢町は故郷であると同時に、いまも食材を通じて心がつながる大切な場所。
「当店で提供する魚は、南伊勢町内にある、子どもの頃から顔なじみの魚屋さんから送ってもらっています。『今日はどんな魚が入る?』などとやり取りをして、水揚げに合わせて送ってもらうことが多いですね」
朝食の皿にのる魚は、「産地直送」という言葉では表現しきれない心のつながりや吉田さんのルーツが背景にあります。吉田さんが育った土地の、知っている人たちが扱う魚。それが京都の朝食に生かされているところに、「OHARU」ならではのあたたかさを感じます。

お酒は朝食でもオーダーできるので、酒好きにはうれしい。
さらに驚いたのは、魚だけではないことでした。
「私の父は夏場は海に潜って、タコを獲ったりしています。猪や鹿も、父が狩猟し、さばいたものなんです」

下処理がしっかりしているので、臭みがまったくなくジューシー。
海の幸だけではなく、山の恵みも身近にある。そんな環境で育ったことが、吉田さんの料理の土台になっているのでしょう。実際にお話をうかがっていると、吉田さんにとっての「いい食材」とは、遠くの特別なものではなく、自分の目の届くところにある、確かなものなのだと感じました。
だからこそ、朝食の魚にも、野菜にも、飾り立てたところがありません。それは、素材そのものへの信頼があるからなのでしょう。
「南伊勢町は過疎化が進んでいる地域です。『OHARU』で食べたことをきっかけに、『南伊勢町ってどんなところだろう?』と興味を持ってもらえたらうれしいですね」
ただおいしい朝食を出すだけではなく、その向こうにある故郷へと思いをつなげたい。そんな気持ちもまた、「OHARU」の料理を特別なものにしているのだと感じました。

食を通して少しでも南伊勢町について知ってもらいたいです」と語る吉田さん。
「レストラン」より「食堂」でありたい

「『レストラン』というより、『食堂』として来てもらえたらうれしいです。周辺に住む人たちの、日々の生活の中に溶け込むお店になりたいと思っています」
吉田さんのこの言葉に、「OHARU」という店のあり方がよく表れているように思いました。ちょっとお腹が空いた朝にふらりと立ち寄れて、のんびり気楽に過ごせる。吉田さんが目指しているのは、そんな場所。
実際に店に入ると、その思いは空間のあちこちから感じられます。
「当初はガレージのような場所でした。屋根は破れて雨が入ってきましたし、床も砂利だったんです。でも、私はここを見たときに『すごくいいな』と思って、この物件で店を開くことを決めました」

店の改修は、なじみの工務店に依頼したそうです。1階の奥は、瓦屋根や外壁のような石積み、土壁が残る造りをそのまま残し、かつての面影が随所から感じられます。床板には足場板を使い、ランプのシェードは工務店が古屋から見つけてきてくれたもの。限られた予算の中で、もともとの空間に無理なくなじむよう、丁寧に工夫を重ねたといいます。
建物に合わせて置かれたテーブルや椅子は、アンティーク店などから選んできたそうです。「OHARU」の店内は、どこか海辺の町に来たような錯覚を覚えさせます。
「店のしつらいは吉田さんの故郷である南伊勢町を意識したんですか?」と聞くと、吉田さんはにっこりと笑って「よく言われるんですが、特に意識していないんですよ」と言いました。


「お店に飾ったらいいじゃない」とお母様から渡されたそうだ。
最後に
やっぱり色々と、お話を聞いてみないとわからないことがたくさんありますね。「なんで、どうして、どうやって?」と関心を持ってお話を聞いてみると、口にする物の味も深まり、看板やメニューに書かれていることや店のしつらいの意味にも納得ができます。
なじみのお店というのは、「お店の雰囲気がいい」とか「アクセスがいい」あるいは「安い」「美味い」だけじゃなくて、店主(オーナー)の人となりやその人生を知ることで、自分の生活に溶け込んでいくものなんだなと深く感じ入りました。
「OHARU」の朝食は、南伊勢町の魚や京都の旬の野菜を生かしたやさしい味わいと、その一皿を支える吉田はる美さんのまっすぐな思いでできています。京都に「地元の食堂」のような、なじみの店を作って、通ってみるのはいかがでしょうか。
■ OHARU
住所:京都市左京区岡崎西福ノ川町13-2
TEL:075-606-4101
営業時間:7時30分~16時(朝食~10時ラストオーダー)
定休日:火曜日、ほか不定休あり
インスタグラム:https://www.instagram.com/oharu_kyoto/
※臨時休業もあるため、事前に電話確認・予約をしておくと安心です。
●取材・執筆/末原美裕

小学館の編集者を経て、編集プロダクション「京都メディアライン」を主宰。京都在住。日本文化や歴史、京料理、歳時記を主なテーマに執筆。『京都学問所紀要 鴨長明の世界』『京都学問所紀要 方丈記』(ともに賀茂御祖神社京都学問所)を編集。
note:@kyoto_monokaki Instagram:@kyoto_monokaki
●撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)











