文/濱田浩一郎

武田勝頼像。

敵将・武田勝頼の首を前にした織田信長の苛烈な態度とは?

武田信玄の後継者となったのはその子・武田勝頼ですが、勝頼は天正10年(1582)2月、織田信長・徳川家康により攻められて、その翌月に滅亡してしまいます。信長の家臣・太田牛一が著した信長の一代記『信長公記』には、武田家滅亡の様が詳細に描かれています。勝頼はその嫡男・信勝らと共に「討死」して果てるのですが『信長公記』は武田家3代(信虎・信玄・勝頼)がこれまで多くの人々(数千人)を殺してきたと書いています。「国主」(大名)に生まれた人は他国を奪い取ろうとして人を殺すことは「常の習」。そしてそれは武田家も例外ではなかった。その「因果」が巡ってきたと言うのです。同書は「哀れなる勝頼哉」と記しますが、人を多く殺してきたということでは信長も同じです。武田家滅亡と同じ年に信長もまた京都の本能寺で果てますが『信長公記』の筆法をもってするならばそれもまた「因果」なのかもしれません。

『信長公記』によると、勝頼の首は織田の将・滝川一益より、織田信忠(信長の嫡男・後継者)に進上されます。その後に信長に「御進上」とあります。勝頼の首にまつわる逸話が『常山紀談』(江戸時代中期に成立した逸話集。著者は儒学者の湯浅常山)に掲載されています。

それによると、信長は勝頼の首を見た時、次のように語ったとのこと。「汝の父(信玄)、非義道なりし故に、天の責めを逃れ難く、今、このようになった。信玄は1度、都に赴こうと志したと聞く。汝が首を都に送り、女童に見せよう」と。つまり、勝頼の父・信玄が非義(道理に外れたこと)であったので、天誅が下って、勝頼は滅亡したというのです。ちなみに同書はこの信長の言行を「罵り」とありますので、信長の口調は勝頼を軽侮するものだったのでしょう。

同書には「一説」として、勝頼の首を前にした信長の苛烈な態度も記述しています。それによると、信長は勝頼の首を前に様々な罵りの言葉を吐いたのみならず、杖で二回も勝頼の首を突いて、足蹴にしたというのです。それを見ていたのは、勝頼の首を持参した滝川荘左衛門。荘左衛門は「織田家の運命は尽き果てた」と呟いたとのこと。敵将の首に悪罵を投げ付け、足蹴にする信長に未来はないことを荘左衛門は見抜いたのです。

武田勝頼の死と秀吉・家康

一方、同書には勝頼滅亡を知った信長の重臣・秀吉の言葉も記されています。当時、秀吉は「中国征伐」の最中であって、武田氏攻撃には加わっていませんでした。勝頼が死して甲州が平定されたとの報を聞いた秀吉は「人を殺してきたことのなんとも多いことよ。私が軍中にあったならば(信長を)諌め申して、勝頼に甲斐・信濃を与えて関東攻めの先陣としたものを。そうすれば、関東の平定は一気に進むであろうに」と大きなため息をついて勝頼の死を悔やんだとのことです。

そして同書には「東照宮」(徳川家康)が勝頼の首を見た時の態度も記述されています(信長から家康のもとに首が送られたのです)。勝頼の首を前にした家康は先ず、床几から下ります。その上で「偏に若さ故に思慮なく、このようになってしまわれた」と礼儀正しく語ったというのです。この家康の態度を伝え聞いた信濃や甲斐国の武士らは徳川家に心を寄せたと同書にはあります。

同書においては、勝頼の首を前にした戦国三英傑(信長・秀吉・家康)の中では、家康の態度を最も良きものとしていることが分かります。ちなみに同書には、信玄の館(山梨県甲府市)を見んとした信長と家康の逸話が掲載されています。信長は信玄館を見ようとして、馬を乗り入れようとしますが、馬がそれ以上、進まなかったとのこと。よってやむなく、信長は引き返します。

一方、家康は信長死後に甲斐を手中にしますが、その時、信玄館を訪れます。家康は館の門外にて馬を下り、館に進んだとあります。この逸話も両将(信長・家康)の態度の良し悪しを記したものと言えるでしょう。馬に乗ったまま門内に入ろうとした信長。館の門外で馬を下りた家康。まるで信玄館が信長を拒み、家康を快く受け入れているかのようです。それもまた両将の態度に由来すると同書は言いたいのかもしれません。

文/濱田浩一郎(はまだ・こういちろう)

兵庫県相生市出身。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師、大阪観光大学観光学研究所客員研究員を歴任。現在、武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。
著書『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『あの名将たちの狂気の謎』(中経の文庫)、『超口語訳 方丈記』(東京書籍のち彩図社文庫)、『中学生からの超口語訳 信長公記』(ベストブック)、『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社)その他多数。

 

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