文/浅見祥子

『今は昔、栄養映画館の旅』(配給:マジックアワー)
監督・撮影・編集/竹田正明 企画/荒井晴彦
新文芸坐/3月15日~3月19日、シネマヴェーラ渋谷/3月20日特別企画イベント、早稲田松竹/4月4日特別企画イベント、4月5日~4月10日 映画上映のみ
(C)KNOCKOUTinc.

精気のない表情で極限までぬぼっとしていたり、かと思えば、その眼差しが一瞬で鋭さを放って観る者をゾッとさせたり。柄本明には‟怪優”という言葉がピッタリに思える。もちろん、いい意味で。映画でもドラマでも、柔らかい作品も重厚なドラマもなんでもこい。この人が画面に登場するだけでフィクションだからこその異様さが漂い、現実とは違う世界へ足を踏み入れたことを思い知らされるよう。そんな俳優、他にはちょっと思いつかない。いちど見たら忘れられない。それが柄本明。

それだけに、彼の素顔は知りたいような、知りたくないような気になる。本当は底抜けに良い人かもしれないし、想像以上に嫌なヤツかもしれない。でも別にいいや、みたいな。彼という人間について何も知らない方が、その演技がもたらす‟異様さ”に心地よく浸ることが出来る。そもそも俳優というのはそういう存在なのかもしれないが、なかでも柄本明にはそんな思いを抱く。

だから『今は昔、栄養映画館の旅』というドキュメンタリー映画が公開されると知ったときは、え!? と一瞬立ち止まった。それ柄本明的にアリなの? みたいな。いやアリだから映画がつくられたのだろうが、そんな余計な思いが頭をよぎったのは確か。でも観ることに迷いはなく、なにそれ絶対に観る! とやたら前のめりに。結果から言うと、とても面白かった。柄本明、スゴイな~! という気になった。

映画館で、朗読劇「今は昔、栄養映画館」に挑む柄本明。左は、東京乾電池の西本竜樹。

柄本によると、映画の始まりは、3年ほど前から毎朝、彼が主宰する劇団東京乾電池による無料の朗読会であるとか。9時からお客さんを入れて10分ほど、劇団員が読みたい本を選んで朗読する。そこで柄本が、竹内銃一郎の「今は昔、栄養映画館」という70分ほどの芝居を数回に分けて読んだ。そうして「これ映画館でやったらいいんじゃないか?」という話になったらしい。彼ほどのキャリアを誇る俳優が、そんな地道な活動を? 柄本明、もうスゴイ。

しかも1か月で全国の映画館24館を回り、劇団員の西本竜樹とふたりでの朗読劇として全27公演を駆け抜けるという。座長の柄本明以下、東京乾電池所属の劇団員数人が一台のワゴン車に乗り込み、日本中のミニシアターからミニシアターへ、移動しながら公演していく。柄本明、76歳でしたけど? なんてアグレッシブなのだろう。そんな一行の旅に、のちに『国宝』を撮る李相日監督などの助監督を務めてきた竹田正明監督がひとりでカメラを持って密着したのがこの映画だった。

旅を共にするのは、気心の知れた劇団東京乾電池のメンバー。

ロードムービーは楽しい。変わりゆく景色、出会いと別れ、そこに描かれる人間の心情の変化。いかにも映画的な題材なのは確かで、これまで多くの名作がつくられてきた。それはドキュメンタリーであってもそう。この映画も、ふだんなかなかお目にかかることのない個性的なミニシアターを観るだけでもう楽しい。100年を超える歴史を持つ劇場、巨大な薔薇の装飾が壁を飾るデコラティブな外観を誇る劇場と、全国にはこんなミニシアターが!? と驚かされる。観ているだけのこちらまで、旅をした気になる。

また観客は、そこで働く人びとの顔も目撃する。いまの時代、地方でミニシアターを続けることがどれほどの苦労かは正直わからない。でも彼らが心底、映画を愛していて、映画館経営を誇りに思っているだろうことは伝わる。そして日常的な客の入りがどれほどかもわからないが、柄本の朗読劇を観ようとやってきたたくさんの観客で埋まった客席に、勝手にこちらまでじーんとしてしまう。この試み、他の俳優さんもやってくれないだろうか? 朗読劇だけれど、そこには映画愛が満ち満ちているようでもあって、大阪でも広島でも観に行きたい! そんな気になる。

旅のそこここで、柄本の素顔も記録される。劇場に早く着いたからと、そこで上映されている映画を観たり、舞台袖で「ほらあの映画の……」という感じで、大昔に観た映画の一場面を演じてみせたり、上演後にサインをしたり写真を撮ったりして観客と触れ合ったりする。映画館スタッフとの打ち上げにもカメラは入っていて、アルコールが入ってちょっとゆるんだ柄本の姿も。

それでも結局、柄本明という人の素顔がわかったのかわからなかったのかはよくわからない。ただ、基本的にあまり感情を顔に出さない彼がものすごく楽しそうなのは確かだった。旅回りの1か月の間には、柄本だけが東京に戻って仕事をしてとんぼ返りする場面もたびたびあって、そりゃあ体力的にきつかったことだろう。もちろん映画のなかで愚痴ってもいる。でもこの人、本当に演じることが好きなんだ、楽しいんだなというのがびんびん伝わる。76歳で現役ばりばりで、今の彼を動かすのは権威やお金ではない。だって楽しいから! 好きだから! というその一点。その思いには空気が澄むような純粋さがあって、柄本明ってやっぱりスゴイ! と思うのだった。

映画館スタッフも交えた打ち上げの席で。意外と饒舌(?)、とにかく楽しそうな柄本。

【映画深堀りネタ帳】

サブスク時代、『今は昔、栄養映画館の旅』をより深く味わうための映画ネタを紹介。

『男はつらいよ 寅次郎心の旅路』(1989年)

柄本明は「男はつらいよ」シリーズにも出演。演じるのは生真面目だが、砂糖入れにコーヒーを注いでしまう大ボケな会社員役。寅さんと出会って懐き、旅行代は自分持ちで、二人してウィーンを旅する。柄本は『今は昔~』の中で、ウィーンロケの撮影裏話を披露。

『柄本家のゴドー』(2019年)

演劇ユニット「ET×2」を組む柄本佑&柄本時生兄弟が、父・柄本明の演出で不条理劇『ゴドーを待ちながら』に挑むドキュメンタリー。父親として、演出家としての柄本明と、『今は昔~』の彼を比べるとかなり興味深い。

文/浅見祥子(映画ライター)
雑誌「BE-PAL」(小学館)、「田舎暮らしの本」(宝島社)、web「大人のおしゃれ手帖」(宝島社)、「シネマトゥデイ」などで映画レビュー、俳優&監督インタビューを執筆。また「芸能マネージャーが自分の半生をつぶやいてみたら」などの書籍ほか、赤楚衛二「A」、菅田将暉「着服史」、小関裕太「Y」、藤原大祐「FeaT.」、菅井友香「たびすがい」(すべてワニブックス)などでインタビューを担当。

 

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