
ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第4回は、戦国史最大級のジャイアントキリングである「桶狭間の戦い」が描かれました。劇中では、白い小袖の寝巻姿の信長(演・小栗旬)が妹お市(演・宮崎あおい)の面前で幸若舞「敦盛」を舞いました。
編集者A(以下A):「桶狭間前夜あるいは出陣前」で舞うのか「本能寺の変の際」に舞うのかの違いはありますが、信長が「敦盛」を舞うのは大河ドラマの定番シーンです。もともとは信長の一代記である『信長公記』に記録された場面になります。本稿では、「桶狭間前夜・出陣前の敦盛」について言及したいと思います。現在映像で確認できる桶狭間合戦前の「信長の敦盛」で、もっとも古いのは1973年の『国盗り物語』かと思われます。信長を演じたのは、高橋英樹さん(当時29歳)。松坂慶子さん(当時21歳)演じる正室濃が鼓を打っていました。
I:もう半世紀以上前になるのですね。
A:1981年の『おんな太閤記』で織田信長を演じたのは藤岡弘(現・藤岡弘、)さん。桶狭間の戦いは第1回だったのですが、ここで「敦盛」が舞われることはありませんでした。1983年の『徳川家康』で信長を演じたのは役所広司さん。「昭和大河ドラマの信長」では高橋幸治さん、高橋英樹さんの信長とともにひときわ印象に残る存在ですが、桶狭間の戦いに際して「敦盛」を舞うことはありませんでした。
I:桶狭間で舞うか、本能寺で舞うかということですね。
A:『徳川家康』の藤吉郎役は武田鉄矢さんで、「清須に籠城するから、味噌を買う」という役目を担っていたのが印象的でした。石坂浩二さん演じる竹之内波太郎(架空の神官で家康の師)が、義元(演・成田三樹夫)に酒や肴、握り飯などを献上して、義元軍に宴席を持つよう促します。地元の神主などが同様に酒などを献上する場面は、2006年の『功名が辻』でも見られました。
I:信長の正室は、作品によって、濃姫、お濃、おこい、帰蝶など呼称が異なるのがややこしいところですね。
A:1988年の『武田信玄』では、石橋凌さんが信長を演じました。信玄(演・中井貴一)が主人公の作品ということで、桶狭間の戦いの背後で、信玄家臣の山本勘助(演・西田敏行)が暗躍していたという設定でした。「敦盛」は、麻生祐未さん演じる濃姫が見つめる中で舞われて、この時も鼓はなしでした。
I:「敦盛」の節回しも作品によって微妙に異なりますし、舞の演出もさまざまで興味深いですね。
A:舞のない「敦盛」初見は1992年の『信長 KING OF ZIPANGU』でしょうか。緒形直人さんが信長を演じた作品ですが、ひとり佇み、障子をあけて「人間五十年 下天のうちを比ぶれば 夢幻のごとくなり」とつぶやくのです。そして、その続きは、馬上で「ひとたび生を受け 滅せぬもののあるべきか」をつぶやき、出陣するという演出でした。
I:なるほど。
A:信長が「敦盛」を舞う際に正室濃姫が傍らで鼓を打つことはありましたが、信長の妹のお市が鼓を打ったのが1996年の『秀吉』です。信長を演じたのは渡哲也さん。桶狭間合戦前夜に「敦盛」を舞いました。お市を演じたのは、頼近美津子さんです。
I:頼近さんはもともとNHKのアナウンサーから、フジサンケイグループの議長を務めた鹿内春雄さんと結婚された方ですね。当時、異色のキャスティングと話題になったそうですね。そして、2002年の『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』では桶狭間の戦いに際して「敦盛」は舞われませんでした。
A:2006年の『功名が辻』では、舘ひろしさん演じる信長が和久井映見さん演じる帰蝶(後に濃)の鼓にあわせて「敦盛」を舞い、「わが命、天に預けた」と帰蝶に伝えます。歴代信長の中でもひときわダンディな信長だったという記憶があります。そして、翌2007年の『風林火山』では、信長がキャスティングされずに、ほぼシルエットの信長が、「敦盛」を舞うという、ある意味、衝撃的な場面が放送されました。今川義元を演じたのは谷原章介さんです。『功名が辻』の翌年の作品ということで、桶狭間の戦場場面に『功名が辻』の流用があったことに今回気がつきました(笑)。
I:2020年の『麒麟がくる』では、川口春奈さん演じる帰蝶の面前で染谷将太さん演じる信長が、「敦盛」を吟じます。舞うのではなくて吟じるというのが肝ですね。『麒麟がくる』では義元軍2万の兵力を鳴海城、鷲津砦、大高城と兵力を分散させるという信長の戦略を字幕で「20000-(引く・以下同)3000-2000-2000=13000」とわかりやすい説明を挿入してくるという展開もありました。
A:こうやって見返してみると、2023年の『どうする家康』で、大高城に兵糧を運び込んだ松平元康(演・松本潤)が「もういやじゃー」と泣き叫んだ展開は、衝撃的な「桶狭間」だったと気がつきました。そうとう振り切っていたんですね。まあ、これはこれで面白かったですが。
I:『どうする家康』の桶狭間では、信長の「敦盛」が入り込む余地はなかったんですね。
A:そして、『豊臣兄弟!』の「敦盛」です。寝巻の小袖姿の信長が「敦盛」を舞うのは初めての展開ですが、なんか、すごくはまっているというか、今回、過去作品の「桶狭間の敦盛」を再視聴した上で、ドンピシャな「敦盛」だったと思います。強いていえば、お市に鼓を打ってほしかったですが。
桶狭間の天気は?
I:さて、大河ドラマで描かれる「桶狭間の戦い」では、けっこうな頻度で「雨」「雷」という荒天に見舞われていた設定になっています。前述の『国盗り物語』は、司馬遼太郎さんの原作小説が桶狭間の戦いの際に雨が降ってきたという設定なので、嵐のなかで戦うという設定でした。新田次郎さんの1964年の小説『梅雨将軍信長』というのもありますから、「桶狭間=雨」というのは定番なのでしょうね。
A:『信長公記』には、合戦の際に雨が降ったことが記されています。『河原ノ者・非人・秀吉』(山川出版社)の服部英雄先生が2021年に『名古屋城調査研究センター研究紀要』に掲載した『桶狭間合戦考』で、〈『信長公記』によれば「急雨石氷を投打様に」とあって、俄雨になり石のような氷塊が降ったという。降雹、氷雨である〉と説明したうえで、〈信長隊は砦にて氷雨をやりすごし、晴れ間をみて桶狭間山・義元本陣に突入した。当然、鉄砲が駆使できた。野営地で昼食中、降雹に打たれた義元本陣はずぶ濡れになり、急激に低下した気温と強い風に混乱していた。軍事行動は大きく制約される。勝因は気象への対処の差にある〉と解説しています。
I:『豊臣兄弟!』の小一郎が「とんびが低い位置で飛んでいるときは雨が降る」という農民ならではの「予報」を信長に告げる場面がありました。桶狭間の戦いに際しても、そのエピソードを布石とする場面がありました。信長がとんびの様子に気がつき、鉄砲を降雨から守りました。
A:天候については、『武田信玄』『信長 KING OF ZIPANGU』『秀吉』『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』『功名が辻』『風林火山』『おんな城主直虎』『麒麟がくる』『どうする家康』も「雨」あるいは「雷雨」が絡んでいました。桶狭間の戦い時の「雨」は定番です。雨がからんでこない「桶狭間」は『おんな太閤記』『徳川家康』など少数派です。
信長は白馬に乗っていたのか?
A:桶狭間への出陣の際に、信長が白馬に騎乗しているのは『信長 KING OF ZIPANGU』が最初です。以降、『秀吉』『利家とまつ~加賀百万石物語~』『功名が辻』と「白馬出陣」が定番となります。信長の名馬といえば奥州の伊達輝宗(政宗の父)が贈った「白石鹿毛」が知られていますが、これは白馬でないですからね。
I:ひとりだけ白馬だと目立ってしまって狙われたりしないんですかね。
A:そういう懸念もありますが、同じように義元の乗っている「塗輿(ぬりごし) 」も目立つといえば目立ちますよね。『麒麟がくる』では、「義元の塗輿を探せ」と号令がかけられます。今回、桶狭間の合戦で義元が乗っていた「塗輿」を再確認しましたが、どの作品も違った輿でした。
I:夜更かしして義元の「塗輿」の比較をしたんですか? 物好きすぎませんか?
今川義元の風体「いま・むかし」
I:私が気になっているのは、今川義元の風体です。かつては、公家風の装いの義元が定番でした。
A:『国盗り物語』で今川義元を演じた花柳喜章さんは、大河ドラマ第2作の『赤穂浪士』(1964)に大石三平役で出演していたベテラン俳優で、大鎧を身につけていました。『おんな太閤記』は橋田寿賀子さんの脚本で、桶狭間の戦いは第1回でした。義元を演じた新みのるさんは林邦四郎さんのお弟子さんで殺陣師でもあります。なんと義元は台詞が一言もなく討ち取られて退場となりました。この時も、それほど「公家風」ではありません。『徳川家康』で義元を演じた成田三樹夫さんは、引眉こそありませんが、鉄漿(おはぐろ)はありでした。成田三樹夫さんが『仁義なき戦い』などにも出演していた強面俳優なので、公家風なのに強面という「ハイブリッド義元」だったのが印象に残っています。
I:1988年の『武田信玄』では、中村勘九郎さん(当時。後の十八代中村勘三郎)が今川義元を演じました。引眉のある完全に「公家風」の義元でこれは強烈なインパクトでした。
A:あえて勘九郎さんと呼びますが、『武田信玄』での今川義元は、武田信玄の父武田信虎のしつこさに辟易して、義父に対する礼をとらずに「下がれ、信虎」と発した際の表情、口のまわりが血で真っ赤に染まる壮絶な最期を遂げた場面など、多くの人の記憶に刻まれていると思われます。「大河ドラマの義元の最高峰」というふうに思っている方も多いかもしれません。それ以降、『信長 KING OF ZIPANGU』の柴田侊彦(てるひこ)さん、『秀吉』の米倉斉加年さん、『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』の佐々木睦さんと「公家風義元」が続きます。
I:『秀吉』の米倉斉加年さんの義元ですが、雰囲気は公家っぽかったですが、柴田さん、佐々木さんほど公家に寄っている感じではないですけどね。引眉の柴田さんは強烈でしたし、白塗りの佐々木さんの義元は凄く印象に残っています。『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』の義元が軟弱そうで「異形の公家風義元のNo.1」ではないでしょうか。
A:衝撃的だったのは『功名が辻』の江守徹さん。貫禄ある義元が強く印象に残っています。インパクト大でしたね。
I:江守さんといえば、18作品に出演している「大河ドラマスーパーレジェンド俳優」ですね。私も江守さんの義元は好きです。
A:『功名が辻』の翌年の2007年は山本勘助(演・内野聖陽)が主人公の『風林火山』でした。今川義元を演じたのは、谷原章介さん。引眉も鉄漿もないふつうの風体でしたが、前述のように本作は、信長がキャスティングされずに、義元の最期まで描かれた異例の作品でした。
I:信長無しの桶狭間って斬新でしたね。
A:このようにいっときは「公家風義元」が幅を利かせていましたが、『おんな城主 直虎』の春風亭昇太さん(引眉あり)を最後に「路線変更」された感じです。2020年の『麒麟がくる』では片岡愛之助さん、2023年の『どうする家康』では野村萬斎さんと「公家風」から離れます。
I:片岡愛之助さんは、鉢巻烏帽子に甲冑姿で織田軍と対峙し、八艘飛びのように義元に飛び掛かる毛利新介(演・今井翼)に討たれました。野村萬斎さんの義元も松平元康(後の家康/演・松本潤)に「覇道と王道」の違いを説くなど公家路線から一線を画しました。そして『豊臣兄弟!』では、大鶴義丹さんというわけですね。行軍の途中で蹴鞠を愉しむのが公家っぽいという感じがしないでもないですが……。
A:いや、以前取材で蹴鞠を体験しましたが、けっこうハードですよ。鍛錬といえば鍛錬。でも、甲冑姿の家臣が蹴鞠に付き合う場面は、意外にレアな感じでした。
岐阜城で舞われたイレギュラー「敦盛」
I:ところで、信長による幸若舞「敦盛」の舞に話は戻りますが、「敦盛」はほぼ「桶狭間の戦いの前夜」あるいは「本能寺の変の際」というのが定番なのですが、イレギュラーで舞われたのが『軍師官兵衛』(2014年)です。
A:江口洋介さんが信長を演じた作品ですね。本作では、三方ヶ原合戦の状況報告があった際に岐阜城内で内田有紀さん演じる「お濃」の鼓にあわせて「敦盛」が舞われました。実は、本作では、本能寺の変の際にも「敦盛」が舞われるのですが、本能寺の「敦盛」についてはまた改めて言及したいと思います。
I:信長の「敦盛=本能寺編」も楽しみですね。
A:今回、NHKオンデマンドで視聴可能な「桶狭間」はすべて見直してみましたが、簡単に過去作に触れることのできる環境というのは、大河ドラマファンにとって、うれしい反面、「諸刃の剣」ですね(笑)。
I:夜更かしは体に毒ですからね。
※宮崎あおいの「崎」は正しくは「たつさき」。
●編集者A:書籍編集者。かつて編集した『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











