癖の強い松前道廣を好演するえなりかずきさん。(C)NHK

ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)での、松前道廣(演・えなりかずき)の登場が、えなりかずきさんの好演に加えて、大河ドラマでは珍しく「松前家」の存在がクローズアップされたこともあいまって、盛り上がりを見せています。

編集者A(以下A):知られざる北方の歴史に光が当てられることは感慨深いですね。そして、このタイミングでえなりかずきさんの取材会が設定されました。今回は私が参加してえなりさんの話を聞きました。すでに松前道廣は劇中で登場していて、満開の桜の木に家臣の妻を括りつけ、彼女を的にして、火縄銃を撃とうとするシーンが話題になりました。視聴者の方々もこの場面が気になっていると思われますので、まず、この場面について語ったえなりさんの話をどうぞ。

松前道廣は、「怖い役」だと思っていたんですが、最初に政策統括の藤並英樹さんとチーフ演出の大原拓さんとお話をさせていただいた時に、大原さんの方から、「(松前道廣を)怖いというふうに思わないでほしい」というお話をいただいたんですね。「本人の中では普通のことだし、普段やっていることだから怖いと思わないでほしい」ともいわれまして、台本を読む角度を変えたといいますか、「そうか、これを怖いと思わない感情でやらなきゃいけないんだな」とマインドを変えた感じです。

I:こういう裏話的なお話はうれしいですよね。もう一度この場面をみたくなってしまいます。この登場場面は、反響も大きかったようです。えなりさんの話は続きます。

『べらぼう』という作品自体の人気ということもあって、知り合いの方々から連絡をいただくことが多いのですが、やはりその時に「めちゃくちゃ怖かった」というコメントは絶対にいただくんですね。ああ、そうか、やっぱり怖いよなぁ、っていう(笑)。ひどいことしていますからね、はい。あれはNHKだからお皿を割っているだけで済んでいると思います。

A:松前道廣は史実でも変わったキャラクターだったことが伝えられています。「いい人」や「優等生キャラ」を演じることが多かったえなりさんにとって、そんな道廣を演じることは「革新的」だったと思います。大河史の一コマでいうと、同じようないい人キャラが多かった岡本信人さんが、大河ドラマ『獅子の時代』で傲慢な薩摩藩出身官吏尾関平吉を演じた時のような衝撃がありました。

I:話が古いなあ。1980年じゃないですか。さて、えなりさんのお話は続きます。

僕は、もともと時代劇も好きですし、一般的にいう悪いというベクトルの役をやらせていただくのは初めてだったので、なんとなく悪代官が出てくるような時代劇を見て最初の打ち合わせに臨んだんです。でもやっぱり大原さんのコメントから、あ、そうか、そういう捉え方はしちゃいけないんだなと思って。そこからは逆に、何もしないといいますか、普段の、爽やかでいつも笑っている青年みたいな感じの役作りといいましょうか、そういう感じでやった方が客観的に見た時に怖くなるんじゃないかなという自分自身の結論に達しました。大原さんから例に出していただいたのは、三池崇史監督の『十三人の刺客』でした。その中で、稲垣吾郎さんが演じられた役柄の、ニコニコして人を刺す感じ、というテーマをいただいたので、それだけイメージしていました。でもやっぱり、ニコニコしているということは、監督のアドバイスにもあったように、道廣の日常のことなので、日常の、むしろ楽しいことをしているというイメージの方がいいということですかね? みたいな、イメージのすり合わせをさせてもらい、そこだけ確認してからは、悪い人をやるという観念は一切取っ払いました。やっぱり人を火縄銃で狙って撃つというシチュエーションは変わらないので、どうしてもこう、悪いことをするぞ~、打ってやるぞ~みたいな気持ちがどうしても出てきてしまうんですね。何度もテイクを重ねたのですが、やっぱりどうしても悪い大名のイメージで最初はやってしまって、そこからどんどん「力を抜いてください」「もっと楽しくしましょう」「もっと明るくいきましょう」とディレクションをしていただきました。最終的には本当に『幸楽』でラーメンを運んでいた時と何も変わりがないようなニュアンスのセリフの言い方といいますか、はい。で、そのテイクがやっぱり採用されていたので、やっぱこういうことなんだなぁみたいなことですかね(笑)。

I:なるほど。あの場面にはそういう背景があったのですね。

A:今回の取材会でわたしが「なるほど」と思った箇所がふたつあるのですが、えなりさんは、火縄銃を発砲するシーンのためだけに、わざわざグアム島を訪れたというくだりに感じ入りました。

I:えー、どういうことですか? 

銃を撃たせてもらうというので……1回も人生で銃を撃ったことがなかったので、グアムに行って、弾が飛ぶ射撃というのはどんなもんなんだというのをやってきたんです。僕、性格的にビビリなんですが、実際にそのグアムでの練習では防音のイヤーマフを付けるので全然聞こえないんですけど、『べらぼう』では、その火縄銃の火薬がここで爆発するのを生の耳で聞かなきゃいけませんから、その心構えはありました。それでも撮影時にちょっと驚いちゃった時にはやはりNGが出されました。びっくりした~って。

A:えなりさんは、ふだんはクラッカーさえ、ひけないほどのびびりだそうです。火縄銃の音、怖かったでしょうね。さて、もうひとつえなりさんのお話で「へー」と思ったのは、松前道廣のことをご自身で深掘りしているところですね。

道廣はお父さんが亡くなった後、12歳で家督を継いでいるんですね。松前は難しいところで、取れ高はゼロ石高。当時はお米が全く取れない土地だったから。でも名目的に1万石とされているんですけど、1万石ってめちゃくちゃ石高的には低いところだから、商売でなんとか生きていくしかなかった。その中でアイヌの方々と交易をして、その貿易で生きていくんですけど、補助はあったとしても12歳から自分がその責任者としてやらなきゃいけなかったという重圧はずっとあったと思うんですよね。たぶんその重圧の中でどこか感情が壊れてしまって、ああいうことをし始めちゃうんだろうなという。江戸時代でいう松前……お金もあるし、贈り物も独特なもので。財力もあるし、人脈もあるし、そこでたぶん遊びが変わっていっちゃったんだろうなという認識です。かわいそうな人かなとは思って演じました。時代劇が好きというのもあって、やっぱり謀略のシーンっていうのは楽しいですよね(笑)。うまく幕府を出し抜いたらお前も俺も大儲けできるぞというシーンなので。ぜひそこは見ていただきたいなと思います。最初に打ち合わせで、大原さんに僕が読んできた台本のイメージを覆されたように、家でこんな感じかなとイメージして現場に行ってみたら監督のイメージと全然違って、これは現場で修正しなきゃな、みたいなこともあったので。でもやっぱり初回登場の際の皆様のお声を聞いていると、そういう時にすごい評価をいただけたりするんだなと。やってやるぜ! 表情を見せてやるぜ! という時にはあんまり反応をいただかなかったりして(笑)。本当に、人生のおもしろさとお芝居のおもしろさと難しさを実感しております。これからも頑張ります。

A:自分が演じる歴史的人物について学ぶということは多くの演者さんがふつうにやっていることです。それじたいはふつうのことなんですが、その歴史人物の生涯を端的に語れるってことは難しいんです。それをえなりさんはさらっといってのける。すごいなと思いました。インタビュー中、なんどか「時代劇が好き」ということをいっていたのですが、歴史がお好きなんだろうなと思いました。ということで、この取材会で私がいちばん聞きたかった質問をしました。

えなりさんが好きな時代劇作品とは? 次ページに続きます

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