文/ケリー狩野智映(海外書き人クラブ/スコットランド・ハイランド地方在住ライター)
スコットランド在住ライターでウイスキー愛好家の筆者が、公共交通機関で簡単に訪問できるうえに、興味深いストーリーがあるという、素晴らしいスコッチウイスキー蒸溜所を紹介するシリーズ第2弾。
第1回はこちら→ エディンバラ:実験的なウイスキー造りを進める縦40メートルの高層蒸溜所 https://serai.jp/tour/1199641
今回は、スコットランド最大の都市グラスゴーにあるクライドサイド蒸溜所(The Clydeside Distillery)を訪れた。
大英帝国第二の都市
人口約62万人のグラスゴーは、首都エディンバラをしのぐスコットランド最大の都市。16世紀頃からクライド川の水運を活用した貿易が盛んであったこの都市は、産業革命でさらに繁栄し、とりわけ造船業で世界的に名を馳せた。かつては大英帝国第二の都市と呼ばれるほどの重要性を誇っていたのである。
2017年にオープンしたクライドサイド蒸溜所が居を構えている地区は、19世紀から20世紀前半にかけてグラスゴーの海運業の中心地であった。現在では、多目的アリーナやホテル、博物館などが建ち並び、2021年11月にグラスゴーで開催されたCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)の会場となったSECセンターもここにある。
市内観光バスで楽々アクセス
クライドサイド蒸溜所は、グラスゴー中心部からごく簡単に行ける。なんとも便利なことに、1日何度でも乗り降りできるオープントップ市内観光バスの停留所がすぐ傍にあるのだ。大人料金18英ポンド(約3500円)のレッドルートを巡るバスに乗って、11-a Clydeside Distillery停留所で下車すればいい。
市バスも利用可能で、100番バスに乗ってリバーサイド博物館(Riverside Museum)停留所またはSEC停留所で下車すれば、ほぼ真っすぐ歩いて約10分。
さらに、人気の高い観光名所ケルヴィングローブ美術館・博物館(Kelvingrove Art Gallery and Museum)から徒歩15分程度。アート鑑賞の後、グラスゴー西部の街並みを散策しながら訪れるのもいいだろう。
歴史とモダニズムの融合
時計塔を備えた歴史を感じさせるレンガ造りの建築物に、ガラス張りのモダンな建物が増設されており、ガラスの向こうに2基の蒸溜釜が見える。レンガ造りの建築物はビジターセンターで、モダンな建物は製造エリア。歴史とモダニズムの見事な融合に思わず見とれてしまう。
ビジターセンターの受付に行くと、社長のアンドリュー・モリソン氏(47)と蒸溜所長のアリスター・マクドナルド氏(57)が出迎えてくれた。
モリソン氏は、かつてアイラ島のボウモア蒸溜所やグラスゴー近郊にあるオーヘントーシャン蒸溜所のオーナーであったモリソン家のご子息。モリソン家は、数世代にわたってスコッチウイスキーに携わってきた名門一族である。彼の身体には、まさに琥珀色の血液が流れているのだ。
そしてアイラ島出身のアリスター・マクドナルド氏は、スコッチウイスキー業界で伝説的な存在だったジム・マッキューワン氏が率いるボウモア蒸溜所に1984年にエンジニアとして入社し、オーヘントーシャン蒸溜所で経験を積んだベテランである。
筆者は光栄にも、このようなスコッチウイスキー界の重鎮たちに迎えられ、蒸溜所長が自ら蒸溜所を案内してくれるというVIP待遇を受けた。
アクセスの良さがエコ活動を助長
今年は10万人超の来場者を見込んでいるクライドサイド蒸溜所。やはり、グラスゴー中心部からのアクセスの良さが大きな利点であろう。
「多くの人々は、市内観光バスや市バス、タクシー、または徒歩で来場します。駐車スペースは12台分しかなく、蒸溜所が完工したとき、これでは不十分ではないかと心配していたのですが、満車になったことは今まで一度もありません」とモリソン氏。
従業員もほとんどが公共交通機関で通勤しており、自転車通勤できる従業員には蒸溜所が自転車を支給しているそうだ。さらに、市内のバーなどへの商品の配達は、地元の自転車による配達サービスを使っているという。アクセスの良さは、エコ活動の助長にもつながっているのだ。
驚くべき深いつながり
様々な蒸溜所からウイスキー原酒を買い付け、独自に瓶詰めして販売するボトラー会社を経営するモリソン家が、再び自分たちで原酒を造るために蒸溜所の建設を決めたとき、観光地としてのスコットランドの人気が高まっていることを考慮し、グラスゴー中心部からのアクセスが良好なこの地区に目をつけた。
ビジターセンターになっているレンガ造りの建築物は、この地区がまだドックだった頃、船の出入りを制御する水門の動力を提供していたポンプが収められたポンプハウスだった。
だが、この旧ポンプハウスを手に入れたとき、このエリアとモリソン家の間には、実は驚くべき深いつながりがあったことが明らかになった。
その深いつながりとは?
この地区は、1877年にヴィクトリア女王によって開かれ、クイーンズドックと呼ばれていた重要な湿ドックだった。そして1863年にこのドックとポンプハウスの建設を監修していたのが、アンドリュー・モリソン氏の高祖父にあたる、石工職人で建築家のジョン・モリソンだったのだ。まさに、ご先祖様のお導きである。
歴史も学べる見学ツアー
見学ツアーは、クイーンズドックやウイスキー蒸溜の歴史のほか、ウイスキー商売で巨大な富を築き、「ウイスキー男爵」と呼ばれた人物たちとグラスゴーのつながりについて学べるセルフガイドエリアからスタートする。短編映画やインタラクティブなパネルもあって、まるで博物館の1コーナーのよう。
セルフガイドエリアの後は、ガイドさんからウイスキー製造工程の説明を受けて、製造エリアを見学。軽やかな口当たりと繊細な味わいで知られるローランド(スコットランド南部)スタイルの素晴らしいモルトウイスキーが造り出される現場を「目撃」できるのだ。
ツアーの締めくくりはもちろん試飲。熟成前のニューメイクスピリッツと、ファーストフィル(初めてウイスキーの熟成に使われる)のバーボン樽で熟成させたシングルモルトと、ファーストフィルのシェリー樽で熟成させたシングルモルトを味わえる。
所要時間1時間の見学ツアーは、大人1人18.50英ポンド(約3600円)。学生と60歳以上は割引料金の16.50英ポンド(約3200円)。
大人気の特別ツアー
大人気なのは、製造現場を見学した後に5種類のウイスキーと地元のショコラティエによるチョコレートトリュフのペアリングを楽しめる「チョコレート&ウイスキーツアー(Chocolate & Whisky Tour)」。所要時間1時間20分で39英ポンド(約7500円)。毎日午後4時半スタートで、18歳以上の人が参加できる。
筆者のように、蒸溜所長様直々の案内で見学したい人は、毎週木曜日の午後2時に催行される少人数制の「蒸溜所長ツアー(Distillery Manager Tour)」を予約すればいい。料金は1人175英ポンド(約3万4000円)。2時間におよぶこのプレミアムなツアーでは、蒸溜所長がセレクトした数種のウイスキーを特別試飲室で堪能できる。アルコール度数60.06%という、カスクストレングス(加水でアルコール度数を調整せずに瓶詰めしたもの)の限定版も試飲させていただいたが、驚くほどまろやかな口当たりだった。
試飲の後は、ビジターセンター1階のショップで、ウイスキーやオリジナルグッズ、アパレルなどを物色するのも楽しい。
同じくビジターセンター1階にあるカフェでは、地元の食材を使った軽食が楽しめ、地元民にも人気のランチスポットになっているという。筆者はウェイトレス嬢イチ押しのパストラミビーフ(香辛料で調味した牛肉の燻製)サンドを試したが、シンプルながらも実に美味しかった。
百聞は一見に如かず。スコットランド旅行をお考えの方に、ぜひともおすすめしたい。
クライドサイド蒸溜所ホームページ:https://www.theclydeside.com/
グラスゴー市内観光ツアーバスホームページ:https://citysightseeingglasgow.co.uk/
文/ケリー狩野智映(スコットランド在住ライター)海外在住通算30年。2020年よりスコットランド・ハイランド地方在住。翻訳者、コピーライター、ライター、メディアコーディネーターとして活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織海外書き人クラブ(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。
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【公共交通機関で簡単に行けるスコッチウイスキー蒸溜所探訪記】
(1)エディンバラ:実験的なウイスキー造りを進める縦40メートルの高層蒸溜所 https://serai.jp/tour/1199641