取材・文/沢木文
親は「普通に育てたつもりなのに」と考えていても、子どもは「親のせいで不幸になった」ととらえる親子が増えている。本連載では、ロストジェネレーション世代(1970~80年代前半生まれ)のロスジェネの子どもがいる親、もしくは当事者に話を伺い、 “8050問題” へつながる家族の貧困と親子問題の根幹を探っていく。
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2023年、警察庁は初めて、痴漢取締り強化撲滅に向けた対策推進を全国の警察本部に指示した。警察庁の統計を参照にすると、2021年に全国の痴漢摘発件数は約2000件。しかし、被害に遭っていることを叫べず、泣き寝入りするケースもあるだろう。
撲滅のための施策は政府発表の『痴漢撲滅に向けた政策パッケージ』に詳しい。内閣府、警察庁、法務省、文部科学省、国土交通省が連携し、被害者を支え、加害者の再犯を防ぐという2つの方向から撲滅を目指している。
【これまでの経緯は前編で】
「殺してやる」と首を絞めた
朋美さん(65歳)の息子(35歳)が、痴漢をし、2回目の逮捕のときは、再犯ということもあり、留置所に勾留されたという。さすがに息子も2回目はないと思ったのか、その場から逃げてしまった。電車にいた周囲の乗客から取り押さえられて、警察署に引き渡されたのだ。
「あのときのことは、目の前が真っ暗になりました。たまたま私が家におらず、主人が電話に出てしまった。私の携帯に電話がかかってきて“すぐに来い”と言う。時間がスローモーションで流れるというか、直観で“あ、これはまた痴漢だな”と思ったんです」
弁護士が接見したところ、息子は怒ったような態度を取り、相手の女性も激怒しているという。このとき、相手の女性は100万円の示談金を求めてきた。夫はそれを相場より高いと怒り、値切ろうとした。朋美さんは「私が払う」と100万円を支払った。
「主人が身元引受人になり、迎えに行ったのですが、その場で息子の首を締めようとしたそうです。警察官が止めてくれましたが、“オマエみたいな恥さらしは死んだ方がいい。殺してやる”って我が子に言いますか? 弁護士さんも呆れていました」
そして、夫は息子と妻を呼び、話し合いをすることになった。そこで朋美さんが呆れたのは、「息子が痴漢したのは妻にも原因がある」と夫が息子の妻に言ったこと。「あなたが、子供にかまけて、夫である息子をかまっていなかった。だから性欲が溜まって痴漢をしたんだ」と怒鳴ったのだとか。
「それにお嫁さんは泣いていました。義理の父に呼び捨てにされて、夫婦生活のことまで言われたくないじゃないですか。さすがにそれは違うと思い、“それは違うんじゃないの?”と言ったら、バーン(平手打ち)ですよ。久しぶりに叩かれて、壁に吹き飛ばされました」
夫はカッとすると、何をするかわからない。そのとき、それまで眠っていた2歳の孫が火が付いたように泣き出した。それで夫はフッと我に還ったという。そして、家から出て行った。
「彼女ちゃんのうちに行ったんですよ。主人は会社の事務の人と、ずっとお付き合いしているんです」
その様子を見ていた嫁は、「もう一緒に暮らせない」と実家に帰って行った。そして、去り際に「アンタのこと、全部暴露してやるから」と言い捨てる。そのとき、息子の表情は一切消えて、のっぺらぼうのようだったという。
「あ、この子から魂が抜けた……と思うくらい、表情がなくて真っ白なんです。ウチの息子、主人に似て、眉が太くて目が大きくて、それなりにイケメンなんです。年上の女性から可愛がられるタイプの子です。そんな子の“顔がない”と思うくらい表情が消えた。息子の肩を思わず揺さぶってしまいました」
そのとき触った息子の肩は想像以上に厚かった。約15年ぶりに息子の体に触れ「この子も大人の男なんだ」と思ったという。それを感じると、痴漢の被害者は怖かっただろうと申し訳ない気持ちが広がっていった。
【嫁が送って来たパソコンの画面にあったものとは……次のページに続きます】