「奥さん、名義を貸しましたよね」
高齢者を狙った強盗殺人事件が立て続けに報道されたころ、心配になってひとり暮らしの母(88歳)に電話をしてみた。とりたてて資産はないけれども、悪党どもは何を勘違いするかわからない。
「強盗に入る前に、在宅しているかどうか確認の電話がかかってくるそうだけど、知らん人から、そういう電話がきたことない?」
「電話番号を変えたから、今はかかってこないねぇ。前はいろいろかかってきたけど」
そうだった。3か月ほど前、母は電話番号を変えていた。
「電話セールスがやたらとかかってくるようになったから電話番号を変えた」と言っていたのをいまさらのように思い出した。
「番号を変える前は不審な電話がよくかかってきたんだっけ?」
「台所におってもテレビを見とっても、電話がかかってきたら出るじゃない。でもたいていが要らん電話で、怪しげな勧誘ばっかり」
母が話してくれた電話の内容を以下に再現してみる。
男A「○○町の土地(公有地らしい)を買おうと思っている者ですが、奥さんの名義を貸してください。名義のお礼はします」
母「何で私があなたに名義を貸さんといけないのですか?」
男A「後期高齢者だけの権利なので、私は買えんのですよ。それでこうやって頼んでいるんです。お礼もするのでお願いしますよ」
母「どこの誰かもわからん人に名義は貸せません!」
そう言ってガチャンと電話切った。
数日後、別な男の声で電話がかかってきた。
男B「○月○日に、××という男に名義を貸しましたよね。土地の購入代金を自分が立て替えたから返してください。立て替えた1000万円を送金してください」
母「名義は貸してませんよ。わけのわからんことを言いなさんな」
男B「奥さんの名義で買うという書類があるんですよ。お金を送ってもらわないと裁判になりますよ。いいんですか」
母「怪しげな電話がかかってきたから断っただけよ。お金なんか送りません」
男B「裁判所に訴えることになりますがいいんですね。警察から呼び出されますよ」
母「裁判所にも警察にもいきません!」
ガチャンと叩きつけるように電話を切った母は、怒りを込めて110番した。事情を話すと、次のようにアドバイスされたという。
「その不審電話の後、110番以外に電話をかけてませんね? じゃあ136をダイヤルすると、最後にかかってきた電話の日時と電話番号を音声で知らせてくれます。メモをとって、教えてください」
警察の指示通りにしたところ、その後、この一味から電話がかかってくることはなかったそうだ。
「老人ホームに入居するためのクジに当選されました!」
とはいえ「一人暮らしの老人世帯」の電話番号リストから消えたわけではない。ある日の午前中、こんな電話もあったという。
男C「おめでとうございます! 新しくできた老人ホームに入居するためのクジに当選されました! ついては内金で200万円を払い込んでください」
母「私は老人ホームには入りません! 申し込んでもいないんですよ」
男C「おかしいですねぇ。○○郵便局(←実在する近所の郵便局)からたしかに通知が届いているはずですよ」
母「そんなもの届いてませんよ」
男C「どこかにまぎれているのかもしれませんね。内金の期日が今日までなので、今日中に200万円を払い込んでください」
母「お嫁さんに聞いてみるからちょっと待って。(受話器を離して)……由美子さ〜ん」
ガチャリと切れた。
もちろん「由美子さ〜ん」はウソである。高齢者の一人暮らしという当てが外れて、相手はガチャ切りしたのだった。
母はこんな電話を、気丈にも撃退し続けていたのだった。
「『僕です』と言って電話をかけてくる人もおるけど、息子の声は間違えんよ」
「すごいねぇ……」
不覚にも胸が詰まった。
長閑な田舎町の高齢者をねらう連中に厳罰を
新型コロナウイルスの流行以前は2〜3か月に1度、様子を見に帰って近況をたっぷり聞いて(聞かされて?)いたのだが、ここ1年以上は無沙汰をしていた。
母が暮らしているのは、中国地方の小さな町だ。この地で母は50代まで看護師として働き、父が倒れたのを機に仕事を辞めた。父の逝去後は、地域のボランティアなどしながら日々を送っている。
昭和の終わりごろベッドタウンとなって農地の間に建売住宅やアパートが点在するようになった町だけに高齢者も多い。
母の話では、近所の高齢者が訪問販売などの被害者になったという。
「○○(近所)のおばあちゃん、あなたも知ってるでしょ。少し認知症が入っていたんだけれど、『布団を見せてほしい』と若い業者が上がり込んできたんよ」
若い男は「布団が古くて身体によくないから下取りする」といって、1週間前に子どもや孫が贈ったばかりの高級な羽布団を持ち去り、代わりに安物の羽布団のクレジット契約を、何十万円かで結ばせたそうだ。
さらに掃除機や浄水器などの購入を持ちかけられ、「お金がない」と断ったのに「クレジットだから毎月1万円もかかりませんよ。おばあちゃんの年金で大丈夫」と勧められやはりクレジットの契約をさせられてしまった。
布団、掃除機、浄水器などそれぞれが毎月およそ1万円の引き落としという契約である。
布団だけではなく、わずかばかりの貴金属や息子のレコードコレクションも「下取り」と称して持ち去られたらしい。
数日後、訪ねてきた息子が、羽布団が替わっていることに気づき大騒ぎになったという。クレジット契約はクーリング・オフ期間内で解除されたが、レコードコレクションなどは返ってこなかったらしい。
私が小学生のころ、夏の夜はどの家も窓を開け放って寝ていているような長閑な田舎町だった。高齢化してきた純朴な人たちを食いものにする連中には、厳罰を科してほしいものだとつくづく思う。
文/五本木基邦