文/ 上松正和

男性の3人に2人はがんになる

日本人の2人に1人はがんになる。そう言われて久しいですが、国立がん研究センターの統計( 図*1)によりますと生涯がんにかかるリスクは、男性65.5%、女性50.2%と算出されており、男性は3人に2人はがんになる時代です。

国立がん研究センターの統計( 図*1)

男性のがんの第1位は前立腺がん

男性のがんの中で最も多いものが前立腺がんです(図*2)。前立腺は膀胱の下に位置し一部の精液の分泌を担っていますが、ここにがんが出来てしまいます。初期の段階では何も悪さはしませんが、進行して大きくなってしまうと尿道を塞いでしまったり、側にある直腸(肛門に近い部位の大腸)や膀胱や侵してしまったりします。また前立腺がんは骨に転移しやすく、放っておいてしまうとある時、脊椎の転移によって下半身麻痺になってしまう事例も見受けられます。

前立腺は膀胱の下に位置している (図*2)

治療は入院で手術か、外来で放射線治療

前立腺がんは転移してこじらせると厄介な事が多いですが、他のがんと違いゆっくり進むのが特徴です。そのおかげで発見時には、がんが転移せず前立腺だけに留まっている事が多く、治療として手術か放射線治療を選ぶことになります。手術と放射線治療で治療効果に大差なく、副作用も手術の方は性機能が落ちたり、尿失禁しやすくなったり、放射線治療では直腸障害が起きやすいという軽度の差はありますがそこまで変わりません。(*注1)

東京大学病院、放射線治療部門の放射線治療機器

今まで放射線治療では38日の外来通院が必要だった

ただし、患者さんの時間負担が大きく変わります。手術の場合、「ダヴィンチ」でのロボット手術をしたとしてもおおよそ11日程度の入院を要します。外部照射では入院は必要なく、仕事をこなしながらでも治療を行えるメリットがありましたが、それでも38回(平日1日1回の照射で1回あたり10分程度だが、治療を終えるまでに約2か月間かかる)の外来通院が必要で、通院が患者さんの負担になっていた事は否めませんでした。

放射線治療が進歩し通院5回(5日)の治療が可能に

放射線治療機器の進歩に伴い、放射線治療もより理想的に照射が出来るようになってきました。強度変調放射線治療(Intensity Modulated Radiation Therapy: IMRT)と呼ばれ、細かく最適化されたビームを設定できるようになったため、標的となる前立腺に放射線を集中して照射できるようになりました。また直腸や骨や膀胱など放射線を強く当てたくない臓器を守るために、今までは穏やかに38回照射していく必要があったものが、そこまで強く照射される事がなくなったために1回あたりの放射線量を多くして5回(1日1回10分程度)で済ますこともできるようになってきました。(図は東京大学病院ホームページより)


実際の放射線治療の線量分布図。画像中央部が前立腺で、前立腺の形に合わせて放射線が強く照射されている様子がわかる。

治療費も160万円から70万円と大幅に安くなった

回数の減少に伴い、治療に必要な医療費も減らす事ができるようになりました。個々人の体の状態により医療費変動しますが概算として今までの38回の放射線治療は160万円程度かかっていましたが、5回の治療にする事で70万円程度に抑える事が出来るようになりました。勿論、保険診療の範囲内ですので、個々人の経済状況によってこのうちの3割〜1割が自己負担になります。ちなみに手術を選んだ場合も概算で160万円程度かかるために、5回の放射線治療が経済的にも勧められる状況になりました。

更に放射線治療の副作用を減らす薬剤が登場

今までの照射は1割程度の方に軽度なものも含めて直腸障害が起きていましたが、2017年にこの直腸障害を減らす事ができるspaceOAR(スペースオーエーアール)と呼ばれるハイドロゲルが薬事承認され、全国で使用できるようになりました。注入するには技術が必要なため、術者それぞれに医療機器メーカーからの認証が必要で、東京大学病院の医師が認証の第一号を得てから、薬事承認に伴い各地で注入を行える医師も増えてきました。このゲルを使用する事で、前立腺と直腸の間にスペースが生まれ、直腸障害を防ぐ事が出来るため、更に放射線治療の有益性が増しました。ただし、この薬剤を使用するのに計20万円ほどの材料費と技術料がかかるため追加の費用がかかりますが、保険診療の範囲内ですので、患者さんの負担感はそこまで重くはありません。(図*3)

spaceOAR(スペースオーエーアール)と呼ばれるハイドロゲル (図*3)

5回の放射線治療を受けるために

現在前立腺がんと診断されて、治療を悩まれている方は多くいると思います。まだ治療には踏み切れず、ホルモン剤で様子を見ている方もいるかもしれません。もし、この5回の治療(正確には定位放射線治療と言います)を受けたいと思う方は1度主治医に聞いてみると良いでしょう。ただし気をつけて頂きたい事があります。通常、前立腺がんの患者さんの主治医は泌尿器科医になりますが、放射線治療医以外の医師でこの目覚ましい放射線治療機器の進化を把握し切れている方は少数です。主治医の先生がこの治療をご存知ない場合も想定して相談されると良いでしょう。この記事をお見せするのも一つの手段です。その上で近くの医療機関でこの治療を受けられる場所があれば良いですが、もし近くにない場合、私の勤める東京大学病院ではこの5回の放射線治療(前立腺定位照射)もspaceOARも初期から導入しており、積極的に他病院からの紹介患者さんを受け入れています。主治医の先生にご紹介頂くか、放射線治療部門のセカンドオピニオン外来にいらして頂ければ治療可能かどうかも含めてお答えできると思います。

注1)放射線治療は主にLDRとHDRと外部照射がありますが、今回は一般的な外部照射で話を進めています。LDRは小さな放射線物質を前立腺内に刺し入れる治療で、HDRは針を一定時間前立腺に刺して、その間に放射線性物質を出し入れする治療です。共に入院あるいは外来での2-3日での治療で済みますが術者の熟練が必要で、出来る病院が限られます。

参照)
*1)国立がん研究センターがん情報サービス最新がん統計
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
*2)国立がん研究センターがん情報サービス:2020がん統計予測
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/short_pred.html
*3) 前立腺がんに対する放射線治療における SpaceOAR システムの適正使用指針
https://www.jastro.or.jp/medicalpersonnel/guideline/space_oar.pdf


上松 正和
放射線科専門医。東京大学病院で放射線治療を担当。
九州大学医学部卒。国立がん研究センター中央病院を経て現職に至る。
「10年寿命を伸ばす情報を」を目標に【YouTubeクリニック】で日常の体メンテナンス法や、一歩進んだがん治療の解説などを無料で配信している。
YouTubeクリニックチャンネルページ:https://www.youtube.com/channel/UCQENG-z5125CuGCd8l409Ng

 

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