文・写真/川井聡

硝子戸の向こう、暗いデッキ越しに真っ暗な空が広がる。一面の雪原に地吹雪の波が走る。線路はあたりより少し小高いから、海岸線に寄せる波のようだ。室内もデッキもすべての照明が消えているから、夜の景色がそのまま車内に流れ込む。

2018年2月11日の夜。青森・津軽鉄道の線路を、ディーゼル機関車に曳かれた客車2両が走る。そのうち1両が、私たちがチャーターした、照明をすべて消した特別な列車である。「雪夜汽車」と名付けた。

*  *  *

昔から夜の汽車が好きだった。しかし、かつて全国各地を走っていた夜行列車は、2000年代に入って急速にその姿を減らしていった。そして「夜汽車に乗りたい」という思いを叶えてくれる機会はなくなり、夜汽車の楽しみを知る人も減っていった。

夜の列車の楽しさを、もっと体験してほしい。鉄道カメラマンとして新たな観光列車を取材する度に、そんな思いを重ねていった。「ななつ星in九州」など豪華列車として命脈をつないだ夜行列車もあるが、いつかもっとリーズナブルな形で再生してほしい。夜の列車を楽しむ方法を何か提案できないものだろうか。撮影現場でいつもそんなことを考えていた。

そんな私にとって忘れられない夜汽車体験がある。1980年代。奥羽本線・福島駅から4両編成の客車に乗ったときのこと。後ろの2両が発電機の故障で車内は真っ暗となり、暖房も効かなくなった。ところがその車両に乗りこんで見ると、不思議なことが起きそうな予感に満ちていた。

発車直前に車掌が来て、申し訳なさそうに「前の車に移っていただけますか?」と促したが、私は無理を承知でその車両に乗せてほしいと頼んだ。私の願いを車掌は認めてくれた。

始発駅を出た。車窓は田んぼと畑、どこも一面雪のカーペットだ。木造の茶色い室内に、雪の光がまぶしいほどに流れ込む。聞こえるのは、雪にこもった車輪の音と、時折響くカン高い汽笛、そしてどこかで客車がきしむ音。窓を開けると前の客車から光が漏れている。素朴な輝きが雪の面をとろとろと照らす。

列車が大きくカーブして登り始めると、まるで汽車ごと空に舞い上がったのかと思うような光景を目にした。彼方に見えるのは、街の灯り。ビルや街灯・自動車のライトは星団のようにきらめきはるか眼下を移動してゆく。宮澤賢治の描いた銀河鉄道とは、かくの如くか。そう直感した。あの車窓はきっと一生忘れられない。

その後も、はやぶさ、北斗星、トワイライトエクスプレス、カシオペア……と夜行列車の個室寝台に乗るたび、部屋の電気を全部消して窓の外を楽しんできた。夜汽車という非日常に、流れる夜景という非日常が加わる。いわば暗室列車の旅を、幾度となく楽しんだ。

でも、あの時の感動には、何か一つ物足りない。「思い出のあの景色」を再現する列車を走らせたい。ほかの人たちと共有したい。そんな気持ちが抑えられなくなってきた。

では、どこの鉄道なら可能か? 予算は? いつ? 関係者にも相談をしながら、すこしずつ企画を具体化させていった。

かつてのイメージを一番近く感じられるところはどこだろう? そう考えたら「津軽鉄道」が浮かび出た。あの懐かしい路線で、夜に灯りを消して、一面の雪を眺めて走ったら、どんな景色が見えるのだろうとワクワクした。

2017年のある日、思い切って津軽鉄道に「チャーターをしたい」と電話をしてみた。

「いつ頃ですか?」

「一番、吹雪の強そうな日に」

「では三連休の真ん中は?」

およそこんな内容のやり取りをして、日程や条件など含めて、意外なほど簡単に貸切が決定した。

参加の声かけ、スケジュール、ものの準備、連絡、食事の手配、宿の手配など、私には荷が重いことも多々あったが、今回は顔見知りや旅仲間に手伝って具体化させることができた。協力いただいた各位には、感謝のことばもない。

運行当日の具体的なスケジュールも決めた。夕方、五所川原の駅に集合。ホームに停まっている客車の中で、軽食を食べながら列車の準備(夜の前だから夜前祭と名付けてみた)。発車前に客車の入れ替えが行われるが、その間は車両から出てホームの待合室で待機。そして日没直後の18時に発車。明かりを消した車内で津軽中里まで一往復し、五所川原に戻ったら、再びホームに停めた車内で夕食と後夜祭で楽しく締めくくる。概略そんな段取りだ。

*   *  *

そして運行当日。参加者は私含めて15人。風邪などで予定の人数よりも減少したが、その分ゆったりと乗れる。空いた席には地元の人に乗ってもらいたいと思った。何しろ「津軽鉄道には高校以来乗ったことがない」という住人がほとんどなのだ。通学で乗っていなければ一度も乗車したことがないという人もざらである。

16時05分。津軽五所川原駅にストーブ列車が到着。客車を入れ替え、となりの控えホームに据え付けてもらう。さあ「雪夜汽車」が始まった。

>>次のページへ続く

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