文/ケリー狩野智映(海外書き人クラブ/スコットランド・ハイランド地方在住ライター)

スコットランド北部ハイランド地方の行政中心都市インヴァネス。そのインヴァネスの中心部の小高い崖から街を見下ろすインヴァネス城は、古くからこの街の象徴的な存在だった。その歴史は11世紀にまで遡るものの、現在の赤い砂岩の城郭建築になったのは1838年のこと。
だが19世紀建造のこの城は、王族や貴族の居城でも、城塞でもなかった。実はなんと、刑事事件を扱う州裁判所および監獄として建てられたものである。
城は2つの建物で構成されており、裁判所であったのは敷地の正面に構える本館。1848年に完工した北館は、1900年まで監獄であった。
そのため、警察や法廷関係者を除き、法を守る善良な市民がこの城の中に入ることはほぼなかった。

そんなインヴァネス城が、大掛かりな再開発工事を経て、没入型体験を提供する最新鋭の観光施設「Inverness Castle Experience(インヴァネス城体験)」へと生まれ変わり、今年2月に晴れてグランドオープンを果たした。建立から188年、ついに、インヴァネスとハイランド地方の真のシンボルとして、その扉を万人に開いたのだ。
この大変身を可能にしたのは、英国中央政府とスコットランド自治政府および地方自治体と地域パートナーの拠出による地域経済活性化資金と、舞台裏で奔走した関係者たちの情熱と献身である。
黎明期
インヴァネス城再開発への道を切り開いたのは、2011年から2016年までスコットランド自治政府の観光大臣を務めたファーガス・ユウィング現スコットランド議会議員と、2007年から2015年までハイランド・カウンシル(ハイランド地方自治体)の議員を務め、2015年から2024年の間は英国議会下院議員であったドリュー・ヘンドリー氏。

ユウィング氏は、1999年にスコットランド議会のインヴァネス代表議員に選出されて以来、インヴァネス城は裁判所ではなく、観光客誘致のために使うべきだという地元選挙区民の声を何度も耳にしてきた。そして観光大臣に就任し、観光業界と密接に関わるようになって、この城に真の観光資源としての可能性を見出すようになったという。

両氏は2014年半ばにインヴァネス城作業部会を立ち上げ、すでにハイランド・カウンシルが所有していた北館の塔を、街とその周辺のパノラマを楽しめる展望台に転換する企画を推し進めた。

そして2015年3月、19世紀の建造物では現代のニーズを満たせなくなった州裁判所が、新庁舎を別の立地に建設し、インヴァネス城本館を「立ち退く」ことが正式に決まった。
そこでヘンドリー氏とユウィング氏は、英国政府、スコットランド自治政府および地方自治体が共同で拠出する地方経済活性化支援金「City Region Deal」をインヴァネスと周辺地域の企画のために獲得するべく奔走し、2017年1月、計3億1500万英ポンド(約680億円)の拠出金の一部をインヴァネス城再開発に割り当てることに成功した。
歴史建造物の再開発
州裁判所は2020年3月に新庁舎に移転し、同年7月にハイランド・カウンシルがインヴァネス城本館を買い取った。インヴァネス城作業部会はインヴァネス城再開発実行委員会となり、壮大な再開発事業が本格的に発動した。
この城のように、歴史上および建築上の重要性が法的に指定された登録建造物の再開発には、歴史環境遺産の維持管理を司る公共機関「スコットランド歴史環境協会」との密接な協働が不可欠となる。
同協会指揮下での綿密な調査とともに、20世紀に付け加えられた石膏ボード、アスベストや法廷家具の除去、オリジナルの要素や木材の修復保存などの作業が行われた。それはコロナ禍の真っただ中のことだから、平時よりも多くの制約と課題があったに違いない。


独立した建物だった本館と北館をつなぎ、構造的にも機能的にも一体化させるコンセプトは、プロジェクトの早い段階で固まった。主任設計士としてこの事業に従事したスチュワート・マッケラー氏と彼の建築設計事務所が重視したのは、新築する部分も可能な限り城と同じ建材を使用し、全体と自然に溶け込むようにすることであった。

彼らが設計したつなぎの建物は、城と同じ赤い砂岩とコンクリートを使っている。その天井では、「サルタイアー」と呼ばれる斜め十字を描く梁が、スコットランド国旗へのさりげないオマージュとなっている。これは、平行ではなく、三角形を描くように配された本館と北館から延長線を引くと、このように斜め十字になることから浮かんだ案だそうだ。


本館の内部は、建物の40%を占める大法廷以外は比較的小さな部屋ばかりで、アトラクションや展示のコンセプト構築と設計には、混雑や余計な交差を避け、効率的で合理的な人の流れを考慮する必要があったという。
見どころの一部を紹介
ハイランド地方の美しい風景と豊かな歴史・文化、そこに生きる人々のストーリーを披露し、訪問者をこの地のさらなる発見の旅へ誘うことを目的としたインタラクティブな展示とアトラクションは、英国の有名なF1サーキット内にあるシルバーストーン博物館や、テニスの聖地ウィンブルドンの博物館などを手掛けたデザイン制作会社がプロデュースした。
詳しい内容は見てのお楽しみだが、見どころのいくつかをちょっぴり紹介しよう。
まずは「ローズ・ウィンドウ」。ある地元の教会のために1867年に造られた花形ステンドグラス窓なのだが、教会が取り壊された後、40年近く倉庫で眠っていた。


丹念な修復作業の後、このステンドグラス窓は最初の没入体験ルームに設置され、ハイランド地方発見の旅へのポータルのような役割を果たしている。
そして、かつての大法廷では、360度の映像に包まれてハイランド地方の魅力を体験できる。

本館屋上の展望スペースからは、インヴァネスの街と周辺地域の素晴らしい景観を楽しめる。

北館の展望台は昇降機の設置ができず、狭いらせん階段しかなかったため、アクセスが限られていた。一方、本館に新設された展望スペースは、車いすやベビーカーでもアクセスできるようにバリアフリー化されている。

数々の技術的な課題を克服して達成された展望スペースであり、主任設計士だったマッケラー氏は、ここからの景観を堪能している人々の姿を目にするたびに感無量になるという。
北館のギフトショップでは、地元でデザイン・製造された城のオリジナルタータンのグッズも販売されているので要チェック。

地域経済にとっての重要性
ユウィング氏とともに実行委員会の共同委員長を務めたハイランド・カウンシルのイアン・ブラウン議員によると、最新鋭の観光施設に変身したインヴァネス城は、現在100を超える雇用を直接支援しており、観光業や接客業、小売業に関心を持つ若者たちに職業体験の機会も提供している。
年間45万人超の訪問者が期待されており、地域経済にとって重要な役割を果たすであろう。

セルフガイド式ツアーの所要時間は約2時間。多言語対応音声ガイドには、日本語の導入も計画されているそうだ。
入場料は大人22英ポンド(約4730円)、65歳以上は20英ポンド(約4300円)、5歳から15歳までの子供料金は16英ポンド(約3440円)。オンラインでチケットを予約すると2英ポンド(約430円)割安になる。

インヴァネスへは、ロンドンやオランダのアムステルダムからも直行便が出ている。また、スコットランドの首都エディンバラや最大都市のグラスゴーから列車でインヴァネスに向かえば、車窓からの素晴らしい風景を楽しみながら4時間弱で街の中心部に到着できる。
ユウィング氏を始め、この壮大な再開発事業に携わった人々が「Labour of Love(愛を注いだ仕事)」と呼ぶ「Inverness Castle Experience」を体験すれば、きっとあなたもハイランド地方の虜になるはず!
Inverness Castle Experienceの公式ホームページ:https://invernesscastle.scot
再開発工事の様子を垣間見れる地方紙The Press and Journalの動画:https://youtu.be/zDwfNgc_KDM?si=ATuItsR44nnw442b
ロンドンからインヴァネスへの移動手段情報:https://www.rome2rio.com/ja/s/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%8D%E3%82%B9
スコットランド鉄道会社のホームページ:https://www.scotrail.co.uk
文/ケリー狩野智映(スコットランド在住ライター)海外在住通算30年超。2020年よりスコットランド・ハイランド地方在住。翻訳者、通訳者、コピーライター、ライター、メディアコーディネーターとして活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織海外書き人クラブ(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。











