文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)

オクラホマ州第2の都市タルサのダウンタウン、2階建てのレンガ建築が立ち並ぶ「The Arts District」と呼ばれる地域の1角に、『Bob Dylan Center』(ボブ・ディラン・センター)がある。ノーベル文学賞を受賞したシンガーソングライター、ボブ・ディランに関する資料を展示する博物館だ。

オクラホマ? ディランの作品や人物について少しでも知識がある人には奇妙に聞こえるだろう。ディランはミネソタで生まれ育ち、ニューヨークで成功した。現在はカリフォルニア州マリブに住んでいるらしく、オクラホマとは縁もゆかりもないはずである。一貫して共和党を支持する「赤い州」のひとつであり、政治的にラディカルなイメージの強いディランを好む土地柄とも思えない。

ボブ・ディラン・センター外観。2022年開館。

ノーベル文学賞を受賞した2016年、ディランは10万点を超える自身の資料をオクラホマ州タルサ出身のユダヤ人富豪であるジョージ・カイザー氏と家族が所有する財団へ譲渡することに合意した。本名ロバート・アレン・ジマーマンのディランはユダヤ人移民の子孫であることに加え、同財団はディランが尊敬するオクラホマ出身のフォークシンガー、ウディ・ガスリーの博物館をすでに当地で運営していたことが、その決断の背景にあると思われる。

ウディ・ガスリー・センター外観。2013年開館。

何はともあれ、2022年に開館したばかりのボブ・ディラン・センターはそのウディ・ガスリー・センターと隣接している。ディランの創作ノートやタイプライターなどの貴重な資料が多数展示されているほか、1960年代から現在に至るまでの写真や記録フィルムを見ることができる。

筆者が同センターを訪れた2024年10月には、とくに1960年代前半の資料を特集展示していた(展示名:How Many Roads: Bob Dylan and His Changing Times, 1961–1964)。 

公民権運動とベトナム反戦運動が高まるさなか、ディランはその時代を象徴する存在のひとりだった。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが「I Have a Dream」演説を行ったことで有名なワシントン大行進では、ディランも大観衆を前にギター弾き語り演奏を行っている。

しかし、その後のディランは政治的メッセージを歌詞から除外していき、アコースティックギターのみだった演奏にエレクトリック・ギターを取り入れるようになる。ディランにとっては自身の音楽を発展させるための「変革」であったと思われるのだが、反体制派フォークソングのファンからは「変節」や「裏切り」だと非難する声も強かったと聞く。

2024年のクリスマスから米国で公開予定の映画『A Complete Unknown』(邦題及び日本公開時期は未定)はディランがエレクトリック化した音楽へと変貌していった経緯とその社会的反応を描いたものだ。

映画『A Complete Unknown』予告看板。
A Complete Unknown公式予告動画:https://www.youtube.com/watch?v=FdV-Cs5o8mc

筆者は1980年代に10代を過ごした。現在も存命しているディランには悪いと思うが、その頃から彼はすでに歴史上の人物に等しかった。名前や曲名は知っていても、その音楽を実際に聴いたことはなかったと思う。

当時はストリーミング音楽再生サービスなどというものはその概念すらなく、ある曲を聴くにはレコードやカセットを手に入れるか、ラジオでかかるのを待つしかなかった。ディラン本人の歌よりも、ディランの影響を強く受けたブルース・スプリングスティーンや浜田省吾を通じて『ライク・ア・ローリング・ストーン』を知り、映画『フォレスト・ガンプ』でジェニーが歌う『風に吹かれて』を初めて聞いたはずである。

ボブ・ディラン・センターで筆者を温かく迎えてくれた職員たちは全員がそんな筆者よりもはるかに若い世代のように見えた。彼ら若者たちがディランとその時代をどのように感じているかを尋ねてみたいと思えたくらいだ。

タルサ市内中心部。

アメリカの中南部に位置するオクラホマ州タルサは、日本からは距離的にも心理的にも遠い。しかし、ロサンゼルスからは直行便で3時間ほどであるし、他の大都市に比べると人口密度が低く、のんびりとした雰囲気の良い街だと筆者は感じた。

タルサはまたルート66の中継地点としても知られ、いくつかの歴史的スポットが点在している。市内中心部はそれらを歩いて回ることができる規模の広さだ。

実は筆者自身も、生まれて初めて訪ねたタルサ市内を、行き先も知らず、ただ「転がる石のように」散歩しているうちに、ディランのポートレイトが壁に大きく描かれたこの建物に偶然出くわしたのである。

『Bob Dylan Center』(ボブ・ディラン・センター)
116 E Reconciliation Way, Tulsa, OK 74103
https://bobdylancenter.com/

文・写真 角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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