文/印南敦史

どう生きて、どう死にたいのか|『人間の品性』

50代を過ぎれば、多かれ少なかれ「死」を意識するようになるものだ。「自分はあと何年生きられるのだろう」などと具体的なことまでは考えなかったとしても、死が感覚的に、どこか身近なものになってくるということだけは否定できないのである。

しかも新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、死との距離感はさらに狭まっているようにも思える。著名人のみならず、同世代がコロナウイルスで命を落としたというような報道を目にすると、必然的に他人事とは思えなくなってしまうわけだ。

『人間の品性』(下重暁子 著、新潮新書)は、『家族という病』などのベストセラーを残してきた著者の最新刊。タイトルからも推測できるとおり「品性」がテーマになっているのだが、そんななか、「群れない生き方について」という項のなかでは死についても触れている。

さらっと扱われているにすぎないが、それでいて、なかなか印象的な部分でもある。そこで、死を意識せざるを得なくなっていまった状況だからこそ、今回はその部分をクローズアップしてみたい。

著者はここで、大学時代の同級生であり、同人誌仲間でもある作家の黒田夏子氏のことを引き合いに出している。ご存知のとおり、75歳の史上最年長で芥川賞を受賞した人物だ。

黒田氏は母親を早くに亡くし、学者だった父親と暮らしてきた。父親が亡くなってからは、書くことに専念するために一人を貫いている。

『群れない 媚びない こうやって生きてきた』という対談集を出したことがあるという黒田氏と著者には、「一人でいることが好きで、一人でいても退屈しない」という共通項があるのだそうだ。

人は誰でも最後には一人になるのだから、これは見習いたい心得であるとも言える。

その黒田夏子さんが、「できれば独りで死にたい」と言ったことがある。「誰にも挨拶なんてしないで、スーッと独りで死んでいる。それも自分の部屋がいい。理想をいえば、老衰のようにだんだん弱ってきて、そのまま、ひっそりと死ねるといい」と、対談の中でも言っていて、私もそれはとてもよくわかる。(本書71ページより引用)

独りきり部屋で死んでいた老人が、時間の経過を経て発見されたというような記事を新聞で見ることがある。そんなときには「かわいそう」「気の毒」などというように、孤独が悪いことであるかのように書かれていることも少なくないだろう。

だが著者は、独りで死んだからと言って、必ずしも不幸だとは限らないと断言している。もちろん悲惨なケースもあるだろうが、その一方には独りで死ぬことを選んだ人もいるはずだ。だとすれば、そういう人にとっては、それはそれで幸せだったのではないだろうかということだ。

死に方ぐらいほっといて欲しい。死ぬ時ぐらい、自分の好きなように死んだっていいじゃないか。夕焼けが闇に変わる瞬間に、あの世に身をすべらせるのだ。人に迷惑がかからないように、あとの始末は考えておくとしても、私は独りで死にたいと思っている。(本書72ページより引用)

こう記している著者はここで、永六輔氏が亡くなったのち、焼香をするためご自宅に伺った時のエピソードを明かしている。帰りがけに玄関のドアを開けようとしたとき、ドアの内側に一枚の紙が貼られていることに気づいたというのだ。

「戸締りはしたか? ガスは消したか? 水道は止めたか?」(本書73ページより引用)

他にも、外出の際にすべきことが書かれていた。その手書きの文字からは、最後まで一人で生きようという姿勢が感じられたと振り返っている。

永氏は愛妻の昌子さんに先立たれてからは、ほとんど一人暮らしで、他人が家に来るのを嫌がっていたそうだ。車椅子を使うようになってからは人の助けが必要となったものの、ケアマネージャーも帰った夜はおそらく一人だったと思うと著者は記している。

全国各地を歩き回っていただけに、永氏にはたくさんの友人やファンがいた。だが親しかった友人は、「実は孤独な人だった」と語っていたらしい。

元気な時の永さんと、旅先の列車やホームで会う時があった。そんな時、お互いにいつも一人だった。軽く会釈してすれ違うだけだ。どこへ行くにも一人。ふらりと現れ、ふらりと去っていった。
思い返せば、立川談志さんも、樹木希林さんも、小沢昭一さんも、素敵な人は男女を問わずいつも一人だった。(本書73ページより引用)

詰まるところ、人はどうあっても一人なのだ。だからこそ、どう生きて、どう死にたいのかを、漠然とでもいいからイメージしておくべきなのかもしれない。

そうすれば、きょうという日は、よりよいものになるはずなのだから。

『人間の品性』

下重暁子 著
新潮新書
770円(税込)
2020年4月

『人間の品性』文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)などがある。新刊は『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)。

 

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