文/鈴木拓也
50代のひきこもりの子を80代の親が面倒を見る「8050問題」がクローズアップされ、長期化するひきこもりが社会問題となっている。内閣府の最近の調査によれば、ひきこもりの数は中高年だけで約61万人、若年層も合わせると110万人を超えるという。
これを受け、行政による福祉面からの取り組みが活発になっているが、「手詰まり感が漂っているのが現状」と指摘するのは、臨床心理士で一般社団法人SCSカウンセリング研究所副代表の桝田智彦さんだ。
行政のひきこもり対策は、就労支援の側面が強い。しかし、単に「就職口が見つかったので解決」では、多くの人は、早ければ初出勤から数日と経たず、またひきこもりの状態へと戻ってしまうという。
桝田さんが説く解決の糸口は「親」。「親のほうがわが子の心を見て、心を支え、心を育むことを学び、結果を出していく」ことでしか、ひきこもりの抜本的な解決にはならない、と著書『親から始まるひきこもり回復』で述べている。
本書の中で桝田さんが紹介するのは、「親育ち・親子本能療法」という名の心理療法だ。これは、親に主体的にひきこもり問題に取り組んでもらうという点で、他のやり方とは一線を画す。つまり、面接や勉強会に親が参加し、そこで得た気付き・学びをわが子への対応・コミュニケーションに生かすというもの。30年の実績があり、これまで多くのひきこもりの子が回復・自立している。
桝田さんによれば、ひきこもりからの回復には、「希望→意思→目的→有能性→アイデンティティ」の5段階のプロセスを踏み、最終的に「自分が自分で良い」と感じるアイデンティティの確立をもって回復に至る。ここまでくると、無理強いでなく、本人の意思で就労といった形で社会とのつながりを持つようになるという。
本書の大部分は、各プロセスの解説にあてられ多少難しい内容もあるが、ピンポイント的に親の気付きを促すアドバイスも充実している。幾つか抜粋してみよう。
■親の正論は百害あって一利なし
「勉強しないのなら、働け」「親もあと数年で年金生活になるのだから、自分の人生くらいなんとかしろ」などと、正論をぶつける。長期のひきこもりの子にしびれを切らして、多くの親が言ってしまうこうした言葉は、「傷に塩を塗り込んでいるようなものであり、回復とは真逆の行い」だと、桝田さんは記す。
なぜなら、子は、そんなことは言われなくても既に分かっているから。分かっていても、行動に移せないから苦しんでいる。
もし、正論を言いたくなったら、親自身が回復の足を引っ張ろうとしていると気づくのが大事だとも。
■当たり前のことを声かけする
正論で追い詰めるのはダメだが、積極的にしたいのは「おはよう」、「ただいま」、「ご飯できたよ」といった声かけ。
声をかけるべきか否か判断できず、「見守る」だけという親は少なくないが、子にしてみれば、「いないほうがよいと思われている」という方向に思い込んでしまう。これが続くとどうなるか?
自分という存在に価値を見いだせず、「愛される資格のない自分」という気持ちが日々強くなり、心理的には大海原で漂流しているような心許ない状態に陥ってしまうのです。こうなってしまうと人生の再出発をするための準備どころではない状態です。よって、いつまで経っても回復の航路は見えてこないのです。
(本書90pより)
そのため、たとえ扉越しであっても、気恥ずかしいとは思っても、「おはよう」など挨拶から始めることを、桝田さんはすすめる。
■お小遣いはあげる
桝田さんへ相談に訪れる親からの質問で多いのが、「お小遣いをあげるべきか」だという。親としては、お小遣いを渡すと、かえってひきこもりが固定化されるのではないか、という懸念がある。
この問いに対する答えは「お小遣いはあげるべきです。しかも、年齢にふさわしい額をあげてほしいのです」
これには確固とした理由があって、1つめは経済的な不安がつきまとうと回復が難しくなる点。2つめはお小遣いがないと行動に制約が出て、親が暗に「ずっとひきこもっていなさいよ」と言っているのと同じになる点。また、一度に1年分の額を上げるのではなく、毎月分割してあげることも重要。子が「今月も自分は親に大事にされている」という前向きな気持ちになれるというのは大きい。
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本書は、「親がこうすれば、子はこれだけ回復に向かう」というようなハウツー本ではなく、療法を受けることを検討するための手引きの位置づけだが、上述のように改善への気づきを促すポイントもたくさん含まれている。ひきこもりのわが子の回復を願う親なら、一読する価値は大きい。
【今日の家族の幸せに良い1冊】
『親から始まるひきこもり回復』
http://www.810.co.jp/hon/ISBN978-4-8024-0068-8.html
(桝田智彦著、本体2000円+税、ハート出版)
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。