「甥っ子も姪っ子もいない」

香織さんは55歳、あと5年で定年を迎える。数年前から役職定年制度がなくなり、香織さんは給料も仕事内容も変わらないまま、定年まで働けるようになった。

「とはいえ、仕事の負担は少なくなる。時間があるから、子供がいないから、ボランティア活動をしようとか、社会に貢献できればいいのですが、私にはそこまで思えない。DINKS仲間には、“社会の子どもを応援しよう”と、子供支援の活動をしている人もいますけれどね。やはり、子供を見ていると、親になるというもう一つの人生を考えてしまうのです」

本音を言えば、20年前の自分に「子供を作りなさい。産んでおきなさい」と忠告したいという。

「以前のようなゆらぎは感じませんが、この歳になると、“夫が亡くなれば、私の親族はいなくなる”という思いが強くなる。私の両親はとっくに亡くなっているし、7歳上の姉は独身です。年齢的に姉の方が先に亡くなるから、いつかひとりぼっちになる。甥っ子も姪っ子もいない事実が、身に迫ってくるのです」

そんなことを考えても、時は巻き戻せない。心が疲れて、心療内科の門を叩いた。

「心療内科の先生に話し、定期的にカウンセリングを受けるようになったら、心がだいぶ楽になりました。先生から、不安に囚われたら、体を動かすといいですよ、とアドバイスを受けたので、“やばい”と思ったら、ジョギングに出るようになったのです。体を動かすと、気持ちがプラスの方向に切り替わって行くのがわかります」

それと同時に、仕事以外の勉強も行うようになったという。

「何かに打ち込んでいると、前向きな気持ちになれるので、英語を勉強しています。ネイティブのように話すことを目標に、文法や単語を体に叩き込んでいます。とにかく、前向きに打ち込んでいると、定年後に英語を使って仕事をしようとか、外国人のサポートをしようとか思えるようになるのです。また、英語はなかなか身につかないから、終わりがない。それもまたいいんですよ。今、私の後輩に、私のようなゆらぎを抱えた人が続出している。そういう人には、ジョギングと英語をすすめています」

香織さんは、「私が子供を産まないという選択をした」と言っているが、そうせざるを得なかった社会の問題もある。つい20年ほど前まで、日本社会全体が、女性に対して「仕事か、結婚か」という二択を突きつけていた。

子供を育てながら働くにしても、今のように育児制度も整っておらず、働き方は滅私奉公が基本だった。日本社会はつい、最近まで子育てしている人が肩身の狭い思いをする空気が流れていたのだ。

子供を産まなくても、香織さんは多くの税金を納め、それは子育ての支援と、育てやすい社会のために使われているはずだ。不安に包まれたとき、自責思考にならず、全体を見ることも大切なのではないだろうか。

取材・文/沢木文

1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(小学館新書)がある。

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