【ゆらぎの扉】「夫が亡くなれば、私の親族はいなくなる」55歳キャリア女性の“産まない人生”への後悔の先にあったもの〜その１〜

40代後半から50代半ばの女性が、「新しいことに挑戦」する様子を目にすることが多い。離婚や結婚、移住や家の購入、転職や独立、最近は留学やリスキリング（学び直し）、もそこに加わる。しかし一方で、心身の“ゆらぎ”に悩む世代でもある。更年期による心や体の乱れ、育児や介護やお金の不安、家族のために献身しても“当たり前”と思われる虚しさ。世間からの疎外感を覚える人もいるだろう。“ゆらぎ世代”の女性が感じている“現実”を、25年間に1万人近くのインタビューを行ったライター・沢木文が紹介する。

かつて、共働きで子供を意識的に作らない「DINKS」夫婦のライフスタイルが注目された。DINKSとは、「Double Income No Kids」（倍の収入、子供なし）の頭文字等を並べた言葉で、日本で注目されたのは、1988年の『国民生活白書』（内閣府）「女性の社会進出」の中で「DINKS世帯は所得が多く、生活のゆとりがある」と紹介されたことにある。

香織さん（55歳）はまさにDINKSとして、キャリアに邁進し、夫と共に、旅行やゴルフ、ワインなどに親しみ、豊かな人生を謳歌してきた。ただ、「本当に閉経になり、子供を産む可能性がゼロになったとき、このままでよかったんだろうか、と思うようになりました。自分を否定する機会が増え、気持ちが揺らぎ始めたのです」と話し始めた。

40代までは「我が人生に、一片の悔いなし」だった

香織さんは、大手不動産関連会社に総合職として勤務している。街づくりを行う部署に所属し、手がけているのは、シェアオフィス、シェアハウス、コミュニティの開発と運営など多岐にわたっている。

「人と街と建物が好きで、この世界に入りました。うちは大手ですが、当時は新卒研修も営業は本当に厳しくて、セクハラやパワハラも多く、寝ないで働いて血尿が出たこともありましたが、それも思い出。必死でしがみつけば、認めてもらえて、営業や開発などやりたい仕事に挑戦できた。辛いこともありましたが、今振り返ると、いい仕事人生を歩んできたし、恵まれていると思います」

知識も豊富で、人脈もある。プライベートでは、ワインやゴルフに力を入れ、地方の地主や企業代表とも親睦を深めている。会社の役員からも「君の人脈は、社長以上だ」と評価され、多くのプロジェクトを成功に導いてきた。

また、豊富な業務経験を持っており、宅地建物取引士のほか、多くの資格も保有。会社を辞めても仕事をしていける自信はあるという。

「35歳のときに、同業他社に勤務する5歳上の夫と結婚。都心にマンションを購入しました。夫は潔癖症で、都会的でスタイリッシュなライフスタイルを好む。結婚したときに、ぼんやりと子供のことは考えましたが、高齢出産になるし、子供が積極的に欲しくなる理由も見つからないため、産まない選択をしました。

それに、バツイチの夫は、先妻との間に息子がいたこともあり、別に産まなくてもいいかなと。前の奥さんが、子育てという苦しくて自由もお金も奪われるようなことを引き受けてくれて、感謝さえしていました」

友人や同期の社員が、子供がいることで出世やビジネス拡大のチャンスを逃す姿を見て、自分の選択に間違いはないと確信していた。

「子育て中の社員が、子供が熱を出して迎えに行けば、周囲の人に負担がかかる。子育てをしている社員が、結局、会社を辞める姿を見てきました。あと、おしゃれだった人が、生活臭が漂うおばさんになり、服装を注意されることもありました。あとは、育児と仕事の両立ができず、精神的に追い詰められて閑職に回されるとか、そういう人を見ていて、責任をもって仕事をできないなら子供なんて産まなければいいのに、と思ったこともあったのです」

子供は手がかかる存在だ。個人差はあるが、子供が中学校に入るまで、家に一人で留守番をさせられないと感じている人は多い。さらに、成長したら手は掛からなくなるが、“心”と“金”がかかるようになる。子供の人間関係の悩み、社会との折り合いの付け方など、親はいつまでもサポートしなければならない。中学生になったら反抗期が、高校に入れば進路への備えなど、親のすべきことは増えていく。

「DINKSの人生は、そういう“厄介ごと”がない。40代のうちは “我が人生、一片の悔いなし”と言い切っていたのです。でも、50代に入って閉経の気配を感じると“このままの人生でよかったのか”と気持ちが揺らぐ。涙が止まらないこともありました」

【「大人になった子供」との交流がうらやましい……次のページに続きます】