
40代後半から50代半ばの女性が、「新しいことに挑戦」する様子を目にすることが多い。離婚や結婚、移住や家の購入、転職や独立、最近は留学やリスキリング(学び直し)、もそこに加わる。しかし一方で、心身の“ゆらぎ”に悩む世代でもある。更年期による心や体の乱れ、育児や介護やお金の不安、家族のために献身しても“当たり前”と思われる虚しさ。世間からの疎外感を覚える人もいるだろう。“ゆらぎ世代”の女性が感じている“現実”を、25年間に1万人近くのインタビューを行ったライター・沢木文が紹介する。
かつて、共働きで子供を意識的に作らない「DINKS」夫婦のライフスタイルが注目された。DINKSとは、「Double Income No Kids」(倍の収入、子供なし)の頭文字等を並べた言葉で、日本で注目されたのは、1988年の『国民生活白書』(内閣府)「女性の社会進出」の中で「DINKS世帯は所得が多く、生活のゆとりがある」と紹介されたことにある。
大手不動産関連会社で、キャリアを積んできた香織さん(55歳)はまさにDINKSとして、仕事に邁進し、夫と共に、旅行やゴルフ、ワインなどに親しみ、豊かな人生を謳歌してきた。ただ、「本当に閉経になり、子供を産む可能性がゼロになったとき、このままでよかったんだろうか、と思うようになりました。自分を否定する機会が増え、気持ちがゆらぐようになったのです」という。
そのきっかけは、48歳のとき、夫と先妻との間に授かった息子が、夫に初任給でプレゼントした5万円のウィスキーを飲ませてもらえなかったことだった。
【これまでの経緯は前編で】
子供とLINEをしている友達の姿から目を逸す
「夫には子供がいて、私にはいない」という思いは、わだかまりとなった。そして、心のゆらぎのようなものが広がっていき、気持ちが下がったり上がったりすることにつながっていく。
「そういう気持ちになると、それまでなんとも思わなかったことが、気になるようになっていきました。同世代の友達が、子供とLINEして“今日は娘が夕飯を作ってくれる”とか、“明日から息子と旅行に行くの”などと言いつつやり取りしているのを見ると、うらやましいでもなく、目ざわりというのもなく、虚しさのようなものにとらわれるようになりました。
私は、キャリア、人脈、経験を極めてきて、経済的にゆとりもあるけれど、それは単に消費をしてきただけではないだろうか……。でも、その度に、私の人生は間違っていないと思い直しました。とはいえ、確信が持てないまま空虚な気持ちに包まれていたときに、親しくしていた、50代後半のいとこが、乳がんで亡くなったのです」
いとこの女性は独身で、服飾関係の仕事をしており、ハイブランドのバッグや服をたくさん持っていた。それを年が近い親族で形見分けすることになった。
「私はバッグを2個もらいました。家に帰ってバッグの中のポケットを見ると、小さなメモ帳が入っていたのです。そこにはいとこの字で、“Kには家庭があるから、今回は子供を諦めてしまったけれど、強引に、私の命に代えても産んでおくべきだった”と、不倫の恋と子供にまつわる後悔が綴られていて、衝撃を受けたのです」
いとこがそんな後悔をしているとは全く思わなかったという。
「うちの親族はわりとリベラルで、女性は社会で活躍すべきだと考えていました。だから、結婚や子供のプレッシャーをかけることはなかったんです。
でも、いとこのメモを見てから、ますます子供のことを後悔するようになりました。そのたびに、“私が育てたら、きっと毒親になる”とか“子供が犯罪者になる可能性もある。そんなときは産んだことを悔やむだろう”と思っていたのです」
閉経になり、ホルモンバランスが落ち着くと、気持ちの揺らぎは穏やかになっていった。
【夫が亡くなれば、親族がいなくなる……次のページに続きます】
