「夫の息子」が初任給でウイスキーを買ってくれた
子供がいれば、成長を支える重みは付きまとう。その負担がないことは自分のやりたいことや、キャリアに向けて全力で向き合える。
「友人が育児と教育費、住宅ローンに追われる中、優雅に生活していました。自由を心ゆくまで味わい、同じくDINKSや独身の友達との交流を楽しんでいました。
夫や友達との旅も、安いアジアではなく、ヨーロッパ、アメリカ、南米などに何度も行きましたしね。その度に人生と経験の幅が広がったと思っていたのです」
充実し、達成感がある時間を過ごしていると、あっという間に歳月は流れる。気がつけば40代後半になっていた。
「最初に“えっ?”と思ったのは、私が49歳、夫が54歳のとき。帰宅すると夫が1本5万円もするウィスキーボトルをテーブルに置いて、とっておきのグラスと氷を出して、晩酌していたんです。
私も飲みたいと言うと“ダメだ”と。夫は気前がよく、人のお願いを断ることがない。そこにちょっとキレてしまい、“どうしてよ?”と聞くと、“いや、息子が初任給で買ってくれた親へのプレゼントだから、大切に飲みたい”と。あのときにものすごい衝撃を受けたのです」
香織さんの中で、“子供”と言うのは、手とお金がかかるうるさい存在だ。だからそんな“子供”が成長し、初任給を得て親にプレゼントを買うまで成長するというのが衝撃的だったのだ。
「大人になる、という感覚が抜け落ちていたんです。子供を育てたことがないから、“子供”というのは、ずっと高校生くらいのまま変わらないというイメージができてしまう。子供が成長して大人になるという感覚を突きつけられて、かなり衝撃を受けました」
夫の離婚原因は、先妻の浮気だった。とはいえ、夫は離婚してからも息子の養育費を払い続け、交流をしていたという。
「そのことは見て見ぬふりをしていました。厄介ごとに関わるのは嫌だと思い、夫の息子とは会ったことはありません。そういうことも“初任給ウィスキー”を飲ませてもらえない原因だと思うと、悲しかった」
息子が中学校のとき、母親である先妻とケンカをした。夫は「ウチに泊めてもいいか?」と聞いたが、香織さんは「ダメに決まっているでしょ?」と断った。
「夫は冗談めかして“冷たいな”と言っていたけれど、目は怒っていた。あのときの判断は間違っていなかったと思うけれど、ウチに泊めていたら、関わり方は変わっていたのかとも思っています」
【消費だけしてきたのではないかという空虚さ……〜その2〜に続きます】
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(小学館新書)がある。
