親を攻撃されて、今も恨みは消えない
皮肉なことだが、義母のことを伸一さんはずっと嫌っていたのだという。長男を溺愛していた義母は、幼いころから次男である伸一さんにつらく当たっていたのだ。
「長男と比較しては、『あんたはうちの子じゃない』などと言われていたらしく、夫は義母のことを憎んでいました。私から見ても、都合の悪いことは人のせいにするような義母だったのですが、そんな義母に夫がだんだん似てきた気がします」
その上、伸一さんの怒りの矛先が中道さんの両親に向かうようになってきたのだという。
先ごろ、中道さんは父親を亡くした。危篤の報を受けた中道さんが急いで支度をしていると、伸一さんは「そんなにすぐに死なない」と言い放ったという。病院で待機していると「何時間待たせるんだ」「何で帰れないんだ」と文句を言われたのも忘れられない。結局、暴れ出しそうな夫が怖くて、途中で帰るしかなかった。病気のせいだとわかってはいても、伸一さんへの怒りが消えることはない。
「一人になった母には、『伸一さんより長生きしてね』とお願いしています。父がいなくなって、認知症が進んでいるようなのが気になっているのですが、私もなかなか母のところに行けないのがもどかしい。姉が介護してくれているので、せめて姉が出かけるときは私が実家に行くようにしています」
父親の闘病中、中道さんは「お父さんがあの世に行ったら、伸一さんを迎えに来て連れていって」と父親と約束していたのだと打ち明けた。
「そんなことを願う私は、ひどい人間なんでしょうね。家族会の人たちは皆さん立派だから、こんな本音はとても言えません」
いざ、本当に伸一さんがいなくなれば、「なぜあのとき優しくできなかったんだろう」と後悔するだろうとは思う。それでも今は、「早くいなくなってほしい」としか思えない。それだけ追い詰められているのだろう。
いつまで中道さんの苦悩は続くのだろうか。トンネルの出口はまだ見えてこない。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。
