住み込みで、友人の妻の老親の世話をする

定年の日に、仕事どころか妻も家も失った和哉さんは、新聞奨学生時代の友人に相談する。苦労を共にした友人の信頼感は強い。

「手元には500万円のみ。家を借りるにしろ、あっという間に消える金。友人にこれからどうしようという話をしたら、泊まりにこいという。そいつのカミさんも飲みに加わってきて”父親が、北関東で一人暮らしているから、あんたが同居してくれたら嬉しい”という。二つ返事で行きました」

友人の妻の父は90歳で、頭ははっきりしていたが足腰が弱かった。食事とトイレは自力でできるので、通院や買い物などをサポートするだけだという。

「話し相手をしていたら、ジイさんは元国家公務員で、定年後の生活を投資で賄っていたと言い始めたんです。“今は億の資産がある。お前も手元にある500万円で、投資を続ければ、資産は増えていく”というんです」

それまで投資はやったことがなかったが、勧められるまま、海外の株と投資信託を購入した。その後、ウクライナの戦争や、米国株の高騰などがあり、あっという間に倍になったという。

「ジイさんの手ほどきに従って、資産を増やしていったんです。毎日、見続けるうちに、勘所を掴めてくるので、そのまま続けていたら、それなりの利益を出すようになったんです。“とにかく手堅く、堅実に長く続けろ”と教えてもらいました」

和哉さんは、一年後にこの男性を看取る。老衰だったという。

「朝、往診の医師が来て、“今夜あたりかもしれない”と言ったんです。病院に搬送してもらおうとしたら、“ここにいたい”と泣く。命が消えそうになったその人は、肌が抜けるように白くなり、目の周りがピンクになっていて、サザンカの花みたいだと思いました」

夕方、苦しそうにしていたので、医者に来てもらい、手を握っていたらそのまま呼吸が止まってしまったという。

「医師が死亡を確認し、警察が来た。友人夫妻に連絡し、湯灌を行って斎場まで行ったんです。大往生だったので、誰も泣いていない。これが90歳で死ぬということなんだと。僕はいろんな人から“よかった、ありがとう”と感謝され、そのうちの一人から“うちにも来てほしい”と言われ、また北関東のある街に住み込みに行く。この連鎖が4人続きました」

60歳から65歳まで、4人の独居老人の家を渡り歩いた。施設に入るまでの“つなぎ”の数か月もあれば、1年以上住んだこともあったという。

「家賃はかからず、月5〜10万円の金がもらえる。僕は投資で金は増えていて、金は必要ない。最後に1年間いた街は、地元の祭りや側溝の掃除の手伝いをして、“青年会”に入れてもらった。地方に暮らして思うのは、生活に金がかからないこと。野菜や米、魚などももらえるんです」

そのうちに、地元企業から、営業コンサルの依頼を受けたり、繁忙期の配送のバイトを頼まれたりして、充実した毎日を過ごしていた。面倒を見ていた男性が93歳で亡くなり、東京に戻って今後、自分がどうしたいか、計画を立てている最中だという。

「新聞奨学生時代の別の友達の家に居候しています。そいつはカミさんが家を置いて出ていって、部屋を持て余している。“ここでみんなで住もうか”なんて話も出ているんです」

和哉さんは、営業で鍛えたコミュ力と、困ったときにすぐに人に相談したから、今の楽しい生活があるという。仕事・お金・家・家族という大切だとされているものが一気に無くなったとしても、声を出せば誰かが助けてくれる。そこから人生の突破口は開いていくのかもしれない。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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