取材・文/ふじのあやこ
昭和、平成、令和と時代が移り変わるのと同様に、家族のかたちも大家族から核家族へと変化してきている。本連載では、親との家族関係を経て、自分が家族を持つようになって感じたことや、親について、そして夫や妻、子どもについて思うことを語ってもらい、今の家族のかたちに迫る。
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ハルメク 生きかた上手研究所は、50~79歳の既婚男女600人を対象に「夫婦関係に関する調査」(実施日:2024年9月20日~9月21日、有効回答数:全国の50~79歳の既婚の男女600人、WEBアンケート)を実施。夫婦関係の満足度(「満足」「やや満足」の合計値)は66.3%となり、2021年と比べて全体では8ポイント低下していた。次いで、離婚を考えたことがある割合(「離婚を考えている」「これまでに考えたことがある」の合計値)は42.2%となり、女性の60代が最も高く54%という結果になっている。
今回お話を伺った良平さん(仮名・42歳)は、現在妻との2人暮らしをしている。良平さんは亭主関白の父親がいる家庭で育っており、男は仕事をして家庭を支えることが当然とされていた。そんな父親を持つ良平さんは31歳のときにメンタル不調になり、仕事を辞めることになった。【~その1~はこちら】
妻を侮辱したことで父と絶縁
男は仕事をするものと植えつけられていた良平さんの中に、どんなに辛くても仕事を辞めるという選択肢はなかった。辞めることを決意できたのは、妻からの言葉だったと振り返る。
「妻は『辛いのに続けなければいけない仕事なんてないよ』と、『私、結構稼いでるから大丈夫』と笑顔で言ってくれたんです。結婚後はお互いに決まった額を家庭に入れていて、それ以外のお金はお互い自由だったんです。年収もおおよその額しか把握していなかったのですが、妻は私を安心させるために年収を伝えてくれてました。それが、私より稼いでいたんですよね(苦笑)。男のほうが女性よりも賢く、お金を稼ぐ、働くことに長けている、だから家庭は男が支えなければいけないという価値観もそこで崩されましたね」
妻からの助言もあり、仕事を辞めたことは両親には伝えなかったという。しかし、あまりにしつこい孫の催促から、その状況にないことを良平さんは父親に伝えてしまう。
「父は孫ができないことの原因を妻だと思い込み、『不良品か?』と聞いてきたんです。その言葉にカッとなってしまって。自分を休ますために妻は必死に働いてくれているという状況や、私が無職だということを伝えてしまいました。父はメンタルの不調になってしまったことへの理解もなく、私をダメだと罵りました。この出来事が父との絶縁に至った理由です」
父親にもプライドがあり、謝ることは一切なかった。良平さんは実家からの電話にも出ないようになり、母親ともそのまま疎遠になったという。
「母親は携帯を持っていなかったので、実家からの電話は父親ではなく母親からの可能性もありました。でも、母親だったとしても、父親から電話をかけろと言われている可能性もあった。だから、もう面倒になって出ませんでした。その頃はまだ仕事を辞めてからそんなに経っていなくて、周囲を気遣う余裕は私にはありませんでした」
【支えたいとは思えなかった。次ページに続きます】