ネットを介してしか連絡できない48歳のシングルマザー
スマホを手に入れて1か月目、博史さんのところにショートメールが来る。「ステキな女性があなたを待っています」とあり、アルファベットの羅列があった。それは、出会い系サイトのURLだが、博史さんはそうとはわからなかった。
「なんだろうと思うと、自分の理想的な女性の写真が載っており、“メールを待っている”とあった。夢のように僕の好みにピッタリなんだ。メールを送るにはお金を振り込まなければならない。指定の口座に5000円を振り込んでメールをした。すると、彼女から“私は48歳で、シングルマザーで大学生の息子がいると言い、僕のことが好きだという。近くに住んでいるけれど、声をかけられなかったから、こうしてサイトを介している”という」
メッセージを送り、愛していると言われ、妻が満たしてくれていた心の栄養を再び取り入れた気持ちになった。
「彼女はお金に困っていて、僕に会いたいけれど体が弱く会いに行けないという。メッセージはこのサイトを介するしかなくて、そのためにはお金を払わなくてはならない」
彼女とメッセージをかわすために、博史さんは50万円ほど費やした。
「彼女は結婚したいという。僕でよければ応じるつもりだった。それを息子の嫁に相談したら怪訝な顔をする。メッセージのやり取りを見せてくれと言われて、見せたら眉を顰める。息子の嫁はスクリーンショットを撮り、息子に送った」
その夜、息子が「父さんは騙されている。母さんがいなくなって辛いのはわかるけれど、色ボケをするトシじゃないだろう」と怒鳴り込んできた。
「何のことかわからない。彼女と僕は愛し合っている。それなのにだまされているという。それで、息子と嫁が動いて、彼女と連絡が取れなくなってしまった。法的手段をとったんだか、50万円も戻ってきた。息子は法律関係の仕事をしており、嫁は国家公務員でかなり地位が高い。そういうこともあって、彼女は萎縮してしまったんだと思う」
息子の嫁は「出会い系サイトにカモにされていたんですよ」と言い、「お義父さんも寂しいでしょうから」と憐れむような態度をとってきた。
「頻繁にウチを見回るようになった。僕はあんなギスギスした嫁なんか来てほしくない。あの優しい彼女とは、お互いの姿も見ないままに会えなくなってしまった。スマホを買ってから半年間、つかの間の恋だった。今でも駅で50がらみのステキな女性がいると、彼女に似ていないか目で追ってしまうんだ。でも今はみんなマスクをしているし、彼女が誰だかはわからない。だから1日中、改札の前で立っていることもあるんだ。でも、彼女よりも、妻の背格好に似ている人が出てくると、目で追ってしまうんだけどね」
亡くした妻の幻影を求めて、現実を受け入れられない博史さん。現実を受け入れるには、まだ時間がかかりそうだ。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(小学館新書)がある。