「親だから」「子だから」の呪縛
急激な環境の変化に加え、上司からのパワハラによって、武志さんは食欲不振や不眠に悩まされるようになる。家族との食事の席で、仕事を辞めたい気持ちを冗談っぽく父親に伝えたところ、父親は猛反対して、武志さんを罵ったという。
「『自分は家族のためにどんなに辛くても仕事は続けた』という話から、『お前には家族がいないから責任感がない』や、『そんなんだからお前は結婚ができない』と私のすべてを否定してきました。そんな言葉の影響を受けて、仕事を必死で続けていたら、ある朝にベッドから起き上がれなくなったんです。頭痛や耳鳴りも酷くて、無理に起き上がろうとしたらめまいがしてベッドに倒れてしまいました。リモートなので出社時間を過ぎると電話が鳴り続けていたのにその電話を取ることができなかった。その電話の音で涙が止まらなくなりました」
その後、逃げるように会社を辞めた武志さんの傍にいたのは事実婚の女性だけだった。父親の呪縛から逃げられたのも彼女のおかげだったと振り返る。
「彼女から『仕事を辞めなさい』と辞めることを肯定してくれて、決断することができました。病院も探して彼女が連れて行ってくれたんです。親には仕事を辞めたこと、元いた場所に戻ることを電話で一方的に伝えて、それ以来連絡を取っていません。かかってくる電話にも一切応答していません。母親には申し訳ないですけど、もう限界だったので、後悔はありません」
武志さんのように、親に対して育ててくれたという恩を返さなければと、親の面倒を見ることを自分の中で義務化してしまうことがある。いくつになっても子離れできていない親を持つ子は、この義務化を自分自身で強いてしまっているように感じる。
取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。