所詮、夫の親は他人であり、ただの便利屋

最終日の夜だけは、「もう面倒は見られない」と孫を息子夫婦の部屋に返しに行った。息子は「困るよ〜」と言ったが、お嫁さんは「はい、いいですよ」と光則さん夫妻を2人にしてくれた。

「“いいですよ”はないよね、お嫁様に許可を取らねばなりませんか、とグチを言いながら、2人でホノルルの街を散歩して、気になっていたバーでお酒を飲んで、心が穏やかになりました。親の欲目もあり息子には甘いところもありますが、このハワイ旅行はだまされた。息子夫婦にとって私たちはテイのいいシッターで、さらに自分達は親孝行だというアピールができる。嫁という共通の敵がいると、夫婦のつながりも深まるんでしょうか。それに、ハワイの雰囲気もあったのか、気づけば女房と手を繋いでいました。女房は“あのバカ息子のおかげで、チャーミーグリーン夫婦になったね”と笑っており、幸せな気持ちになりました」

試練が夫婦の絆を強めたのだ。ちなみに、「チャーミーグリーン夫婦」とは、かつて放映されていたCMで、仲睦まじい老夫婦が手を繋いで歩く姿が描かれている。その関係性が時代を超えて憧れとして語られているのだ。

「でも、疲労は残りますよ。成田空港で息子夫妻と別れて、2人で空港のソファにぐったりと座っていると娘から電話がありました。なんと、娘は私たちを迎えにわざわざ成田まで車で来ているという。娘は運転免許を持っていないので、おかしいと思いながら、迎えの車に乗ると、娘のパートナーだという男性がハンドルを握っていました。娘と15年以上一緒に暮らしているとのことでした」

娘は「結婚して姓を変えるのが嫌だ」と、この男性と事実婚をしていた。ただ、親には言えずに黙っていたという。それは妻が世間体を重んじるからだ。

「娘は、息子夫婦の“異常さ”にいち早く気づいていた。ハワイ旅行に連れて行くと聞いた時点で、“これは無償のシッター案件”とピンと来たという。ただ、そのことを言って水を差すのも悪いと思い、黙っていたそうなんです。娘のパートナーの男性が、トランクを家まで運んでくれて、私と妻との洗濯物をコインランドリーに持っていき、さらにペットボトルにとても美味しい出汁を入れてきてくれて、私たちにハッとするほど美味しい味噌汁を作ってくれました。これは料理下手の娘が彼に依頼したそうです。その親孝行が身に染みました」

親孝行とは「自分が親にやってあげたいこと」ではなく、親が本当は何をして欲しいか、を考えて先回りして実行することだと光則さんは言う。とはいえ、親はそのような「親孝行」を求めているのではない。

「真の親孝行は、我が子が生きていること。欲を言えば幸せで健康であること。そう思っていたけれど、今回のハワイ旅行で色々考え直したよ。息子夫婦の行動は、見かけは立派な親孝行だけど、親を召使いのように扱った。だからこそ、その後の娘とパートナーの行動は、身に染みました」

ところで、ハワイの10日間を過ごした後、息子夫婦との親子関係はどうなのだろうか。

「私たちの働きがお嫁さんのお気に召さなかったようで、息子たち一家とは疎遠になっています。でもそのくらいでいいんですよ。それ以前も、孫の世話を押し付けられたりして大変でしたから。私と妻が可愛いのは、娘と息子だけ。孫は付属品みたいなものです。もちろん、孫は可愛いとは思いますが、我が子とは別物です」

今、「孫ハラスメント」という言葉がよくメディアに登場している。これは、孫がいない人に孫の存在のありがたさ、かわいさをアピールすることだというが、孫の世話を強要することも、ハラスメントではないかと感じることがある。親世代の中には、孫の世話に汲々としている人もいる。「親に孫の顔を見せたら親孝行」とはよく言われるが、孫の世話をさせたら親不孝になることもあるのだ。

光則さん夫妻はハワイから帰国後、3日間寝込んだという。10日間の重労働に体が悲鳴をあげたのだ。世間体の親孝行、親が求める親孝行……どこにその差があるのか、それは親子関係、教育の方針、価値観などによって微差があり、その形は多様なのだ。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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