地元のマドンナが「あなたと結婚しておけばよかった」
憲明さんはSNSに登録し、ネット上の人脈を広げることにしたという。
「それまでは、取引先に見られたり、上席から“仕事に精魂を込めていない”と思われることを考えて、SNSには近づかないようにしていた。でも、役職定年後はその心配もない。プライベートが充実している方が偉いんだから。以前と真逆の価値観だよね」
登録を終えて最初に検索したのは、かつての妻だった。
「元気そうでほっとしました。未練はないです。交際した女性は何人かいましたが、結婚したのは元妻だけですからね。その次に小学校から大学時代までの友達、世話になった工場長、行きつけだったスナックのマスターなどとつながり、友達があっという間に200人になりました。これも自信につながったのです」
中学校の同窓会にも呼ばれるようになり、当時全くモテなかった憲明さんが脚光を浴びた。
「そこそこの企業に勤めていて、家と金があるからですよ。クラスのマドンナから“私、憲明と結婚しておけばよかった”と言われたのは驚きました。同級生を見ていると、自分も含めてサラリーマンは疲れている印象がある。すべてを会社に捧げて生き、お役御免の日を待っているからね。元気なのは個人事業主。地元への貢献活動と道楽をしているし、定年がない」
友人と再会すれば、社交が生まれる。憲明さんは登山、サーフィン、野球観戦、スキューバダイビングなどに誘われた。
「物は試しだと行くんですが、全然楽しくないどころか、むしろ苦痛。それで結局、投資に落ち着く。しかも地味なNISA(笑)。“つまんない人生だよな”と思いながらも、そんな自分を受け入れる練習になりました」
55歳で今後の人生を考えた。だから、定年延長をしなかったという。
「会社と自分を切り離したんです。というのも、SNSで大学の先輩とつながり、60歳からだとそれなりに求人があることも知ったから。警備員、タクシー運転手くらいかと思っていたら、事務、工場管理者、営業アドバイザー、人事、総務、法務などいろんな仕事がある。60歳の定年まで、5年かけて次の人生の準備ができたのはよかった」
だからといって、仕事にやりがいを求めない。それは老いを会社から知らされる役職定年の経験をしたから。これにより自分を客観的に見られたという。
「定年からすぐに仕事を探し、10社落とされたんです。それを友人にグチったら社員15人のIT会社を紹介されました。前任者がうつで退職して困っていたので、即採用ですよ。時給は1500円、週3勤務で手取りはだいたい15万円くらい。総務だけでなくトイレ掃除やゴミ集めもするし、若い社員の中には挨拶さえしない人もいる。かつて勤務していた会社とは真逆だよね」
それから3年、さまざまなことを受け入れ、今はそれなりに仕事も楽しいという。憲明さんに「プライドを捨てて挑戦することが大切なのか」と聞いた。すると、「そうではない。会社が求める“普通”を丁寧に続けること」と即答された。そこには企業戦士として38年間を過ごした人生の重みがある。憲明さんの働く目的は、お金もあるが社会から必要とされている実感だ。
「だからといって、経営や仕事内容には絶対に口を出さない。老兵はそのうちに消え去るのみ。自分の会社じゃないから。役職定年がなかったら、あれこれ言っちゃっていたかもしれないよね。なんだろうね。今の言葉で言うと、承認欲求を満たすためのクソバイスをしない、っていうのは大切なのかもしれない」
人生の後半戦で大切なのは、小さな挑戦と自信の積み重ねなのだ。憲明さんも「ネット証券の口座開設から全ては始まった」としみじみと語っていた。会社から離れても人生は流れていく。なるべく早めにどの方向に流れるか、自分で決めていくことが大切なのではないか。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。