自国の海軍艦艇に津軽海峡を通過させる中国の思惑とは何か? 1年にわたる取材成果を書籍『新冷戦考』としてまとめた「東奥日報」の斉藤光政編集委員によるリポート第3弾。
なぜ、中国とロシアの合同艦隊(10隻)が大挙して津軽海峡を通過したのか?
答えはいたって簡単である。軍事的示威行動であるとともに、極めて政治的なデモンストレーションであったからだ。
まずは、海峡通過が実施された2021年10月というタイミングに注目してほしい。米国、英国、豪州という兄弟国による軍事と安全保障協力の新たな枠組みであるAUKUS(オーカス)が結成されたのが前月の9月のことである。
その半年前には、日本と米国、豪州、インド4か国で構成する協力枠組みQUAD(クアッド)の初めての首脳会合が開かれていた。つまりは、米国を中心に据えた対中国・ロシア包囲網が短期間のうちに太平洋地域で形成されていたのである。
それへの対抗措置が中ロ艦隊の津軽海峡通過であり、引き続き同艦隊によって行なわれた日本列島周回行動だった――と軍事専門家の多くはみている。いわば政治的メッセージである。特に中国にその意志が強かったと考えられる。
さらに注目したいのは、あたかもAUKUS結成に合わせるかのような欧米諸国艦隊の動きである。9月上旬には最新鋭空母クイーン・エリザベスを旗艦とする英国機動群が米海軍横須賀基地に寄港し、海上自衛隊やカナダ海軍との間で共同演習を実施。11月にはドイツのフリゲート艦バイエルンが東京に寄港し、「自由で開かれたインド太平洋」をあらためてアピールしていた。
いずれの国も仮想敵国に位置づけているのは南シナ海、東シナ海などで大胆な海洋進出と軍備増強を図る中国であり、その同盟国ロシアである。静かな戦いが進行しているのである。
事態は冷戦の段階を通り越している!?
こうした状況について、米国の著名な軍事ジャーナリストであるマイケル・ファベイさんは「西太平洋は戦争状態にある」と表現するほどだ。すでに冷戦の段階を通り越してしまったと言うのである。
北京大で博士号を取得している中国政治ウオッチャーの安全保障研究家、平田久典さんは次のように解説する。
こうした包囲網構築を中国は深刻な脅威と受け止めています。だからこそ、合同艦隊という形でロシアとの友好関係を誇示したいと考えたのでしょう。ただし、津軽海峡を通過するに当たって、中国とロシア双方が同行させなかった艦種に注意しなくてはいけません。
その艦艇とは攻撃型原潜のことである。通常、艦隊の露払い役や護衛として潜水艦が用いられるが、中ロ両国は津軽海峡通過に伴って動員していなかったというのだ。なぜなら、原潜はそれぞれの国にとって最高機密。ということは、中ロは最高機密を隠し合う程度の浅い付き合い、簡単に言えば打算的な擬似的同盟といえる。
一方で、中ロ合同艦隊の津軽海峡通過には「日米の最新情報収集」という目的があったともみられる。
沖縄に次ぐ基地県である青森には、陸海空の3自衛隊のほか米軍の各種基地が存在する。主なところでは津軽半島と下北半島にはミサイル防衛用の日米の早期警戒システムが配置され、太平洋岸には海自最北の航空拠点である八戸航空基地と、空自と米空軍が共同運用する三沢基地がある。
ちなみに、海自八戸航空基地では2022年10月から海上保安庁が新型無人航空機MQ9Bシーガーディアンの運用を始め、海自も追随する姿勢を見せている。また、三沢基地には空自の最新ステルス戦闘機F35Aと大型無人偵察機RQ4グローバルホークが控える。
さらには、アジア全体を見据えた米空軍の虎の子部隊である第35戦闘航空団(F16戦闘機40機)も展開する。この部隊はイラク、アフガニスタン、シリア空爆で名をはせた歴戦の地上攻撃部隊である。
加えて、海自の下北海洋観測所(東通村)にはSOSUS(ソーサス)と呼ばれる海洋音響監視システムが敷設され、津軽海峡を航行する艦艇すべてに耳を尖らせている。海自大湊基地(むつ市)には対潜水艦作戦を重視した最新護衛艦しらぬいが配備されてまもない。
これらの施設や機体、艦艇が発する通信情報や電子信号は中ロ両国にとって、のどから手が出るほど欲しい宝の山であることは言うまでもない。
中ロにとって、津軽海峡通過という軍事行為は両国の結束と連帯をあらためて内外に示すとともに、こうした貴重な軍事情報に接するまたとない機会だったのである。最後に再び、平田さんに登場願おう。彼の分析は興味深い。
中国の一環とした戦略は、日本と米国をいかに離間させるかということにあります。中国艦艇による津軽海峡通過は今後ますます一般的なことになるでしょう。常態化すると言ってもいい。それによって『米国は本当に守ってくれるのか』と日本にゆさぶりをかけたいのです。一口で言えば、日米同盟の結束を緩めたいのです、また、津軽海峡通過を繰り返すことで、日本人に当たり前の行動と認識させ、受け入れさせようとしているのです。現状変更です。
これは、まさに尖閣諸島で中国側が行なっていることと同じではないか。津軽海峡波高しである。
斉藤光政(さいとう・みつまさ)
東奥日報編集委員。1959年、青森県出身。成城大学法学部卒。社会部次長、三沢支局長、編集局次長などを経て現職。2018年まで早稲田大学ジャーナリズム研究所招聘研究員。旧軍・自衛隊・在日米軍関係の調査報道で知られ、平和・協同ジャーナリスト基金賞大賞(2000年)、新聞労連ジャーナリスト大賞(2007年)、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞(2009年)、むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞優秀賞(2020年)など受賞。2021年に世界遺産となった三内丸山遺跡(青森市)など歴史・考古学、サブカルチャー分野の取材も手がける。主な著書は『米軍「秘密」基地ミサワ』(同時代社)、『在日米軍最前線』(新人物往来社)、『ルポ下北核半島』(岩波書店)、『戦場カメラマン沢田教一の眼』(山川出版)、『戦後最大の偽書事件「東日流外三郡誌」』(集英社文庫)など。共著多数。
斉藤光政著『新冷戦考 日本の防衛力の今』
小学館 1870円(税込)