ロシアのウクライナ侵攻開始の4か月前。2021年10月18日に中国・ロシアの艦艇10隻が津軽海峡を悠々と通過していた事実は、日本を取り巻く軍事環境が風雲急を告げていることを雄弁に物語る。青森県の地元紙東奥日報の斉藤光政編集委員は、取材テリトリーの庭先である津軽海峡で起きた「異変」に敏感に反応し、2022年5月から「新冷戦考」という大型連載企画を開始。世界を股に掛けた取材で、「日本の防衛力の今」をあぶり出した。 以下、斉藤光政記者のリポートである。

2021年10月、中国・ロシアの艦艇10隻が津軽海峡を通過した。写真は上がロシア海軍艦艇マルシャル・ネデリン級ミサイル観測支援艦、下が中国海軍艦艇ルーヤンⅢ級ミサイル駆逐艦。(写真は『新冷戦考』より)

なぜ、中国・ロシアの艦隊は津軽海峡を合同で通過したのか? 東奥日報の斉藤光政編集委員によるリポート第二弾。

* * *

拙著『新冷戦考 日本の防衛力の今』の刊行に伴って、筆者の義務として当然とはいえ、各方面でPR活動にせっせと努めている。出版不況と叫ばれる中、1冊でも売り上げを伸ばそうとそれなりに必死なのである。何せ物書きにとっては厳しいご時世なので、1冊、1冊の売り上げが次の本につながるからだ。

その一環として9月10日、地元の青森放送ラジオ「らじ丸にっち!」(毎週日曜日午後0~3時)にスタジオ生出演したときのことだ。あるリスナーから「中国・ロシア海軍の行動は領海侵犯なのではないですか?」という質問が放送中に届けられた。

もちろん、前回ご紹介した2021年10月の中国・ロシア合同艦隊による津軽海峡通過のことを指してである。リスナーは10隻という艦隊規模の大きさもそうだが、それ以上にあんなに狭い海峡で堂々と軍事行動を取れることに対して、率直な疑問を投げかけてきたのだ。

それだけ、津軽海峡がスポットライトを浴びたということであり、決して友好的とは言えない中ロ艦艇の行動に国際法上の問題はなかったのか――ということを言いたかったのだろう。

結論から言えば問題はない。中ロ合同艦隊が通った津軽海峡の中央部分はどこの国にも属さない海域、つまりは公海だからだ。

国際法上、海に接する国は海岸線から12カイリ(約22キロ)を領海に設定することができる。大事なポイントは、これが「強制規定」ではないということだ。

そのため、日本政府は津軽、宗谷、対馬西、対馬東、大隅の5海峡を「特定海域」に設定。領海を3カイリ(約5.5キロ)に自主的に制限している。ということは、この3カイリを除く海峡の中央部分なら、どこの国の艦船でも自由に航行することができるということだ。

それが、前回紹介した安東能明さんのミリタリー・ポリティカル小説『着底す CAドラゴン2』の「日本政府はお人好しにも、津軽海峡の中央部分を公海と定めている。その公海部分の北側すれすれに自分たちが乗る原子力潜水艦は着底しているのだ。つまりは、何人からも攻撃されない……」(中公文庫、2014年)という一文に呼応することになる。

津軽海峡が公海である理由

じつは、日本政府が海峡中央を特定海域にしたのには深いわけがある。政府は公式コメントとして「海洋国家として通商・交通の自由を確保するため」と説明しているが〈本音〉は違う。海峡全体を領海にしてしまえば、米国の核兵器搭載艦が通れなくなるからだ。軍事専門家の多くは非核3原則の「持ち込ませず」に反することを日本政府が意図的に避けた結果――と分析する。

冷戦時代から一貫してロシア(ソ連)、中国、北朝鮮を仮想敵国に位置づけ、核攻撃の潜在的対象とみなしてきた米海軍にとって、津軽海峡はこれら3国への主要なアクセスルートである。中でも、隠密のうちに行動する必要がある米原潜にとって、戦略上不可欠の通らざるを得ない道、簡単に言えば要衝であるからだ。

弾道ミサイルを積む戦略型に限らず、冷戦時の米原潜は巡航ミサイルや魚雷はじめほぼすべての搭載兵器への核弾頭装着を前提としていた。戦争=核爆弾による全面戦争と理解していたのである。

これは米国に限らず同盟国である英国やフランス、もちろん競合国であるソ連(ロシア)、中国にも共通した認識だった。だからこそ、日本政府は津軽をはじめとした列島周辺の主要海峡をすべてフリーパスとしてきたのである。

そんな米原潜に対して、日本政府は放射線モニタリング(監視)を緩和するなどの措置を秘密裏に取っていたことが2022年7月、外交機密文書から明らかになった。各種の核兵器を搭載し戦略的存在であった米原潜は、ことほどさように特別な扱いを受けていたのである。

自衛隊関係者からの質問も

話を青森放送ラジオ「らじ丸にっち!」のスタジオ出演に戻そう。これはパーソナリティーの夏目浩光さん(アナウンサーでありディレクターでもある万能の人)が担当する人気番組でもあるのだが、夏目さんは「日本の防衛力の今について考える!」と題した特別コーナーまで設けてくれた。意を強くした私は『新冷戦考 日本の防衛力の今』の取材・連載から出版に至るまでの経緯を説明し、リスナーの質問に約1時間にわたって答えることとなった。

出演中に気付いたのは、自衛隊関係者とみられる方々から多くの質問と意見が寄せられたことだ。その中のひとりは青森県むつ市にある海上自衛隊大湊基地の再編問題について「北の海の守りはどうなるのか?」と率直な思いをぶつけてきた。

大湊基地には総監部(昔で言えば鎮守府)が置かれ、津軽、宗谷海峡という北の要衝を常時パトロールし、ロシア・中国の脅威に供える重責を果たしてきた。しかしここにきて「再編」の動きが伝えられているのだが、それへの不安の声である。再編は現在、防衛省が積極的に展開する南方重視の対中国戦略「南西シフト」の影響によるものである(詳細については拙著をご覧いただきたい)。

その疑問に対して、私は「大湊基地には将来的に大規模な弾薬庫が造られ、海自有数の弾薬備蓄基地となるでしょう。そのほか最新鋭の護衛艦が1隻増えるので、ロシア・中国に対する〈北の守り〉の重要拠点としての位置付けは変わらないでしょう、というよりはさらに重要になる可能性があります」と答えた。

リスナーがこの回答に満足したかどうか分からない。ただし、陸海空の3自衛隊に加えて米軍基地の4セットがそろう「基地県」ならではのユニークなコーナーであり、質問であったと、今では思えるのである。企画してくれた夏目さんには感謝でいっぱいである。

次回は、中ロ合同艦隊がこれ見よがしに津軽海峡を通過した理由、つまりは軍事的、政治的背景について迫りたい。これにはイラクやアフガニスタン、シリアなど紛争地空爆に参加する米軍三沢基地部隊(F16戦闘機)の存在などもかかわってくるから、なかなか興味深い。

斉藤光政(さいとう・みつまさ)
東奥日報編集委員。1959年、青森県出身。成城大学法学部卒。社会部次長、三沢支局長、編集局次長などを経て現職。2018年まで早稲田大学ジャーナリズム研究所招聘研究員。旧軍・自衛隊・在日米軍関係の調査報道で知られ、平和・協同ジャーナリスト基金賞大賞(2000年)、新聞労連ジャーナリスト大賞(2007年)、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞(2009年)、むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞優秀賞(2020年)など受賞。2021年に世界遺産となった三内丸山遺跡(青森市)など歴史・考古学、サブカルチャー分野の取材も手がける。主な著書は『米軍「秘密」基地ミサワ』(同時代社)、『在日米軍最前線』(新人物往来社)、『ルポ下北核半島』(岩波書店)、『戦場カメラマン沢田教一の眼』(山川出版)、『戦後最大の偽書事件「東日流外三郡誌」』(集英社文庫)など。共著多数。

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