「60歳になったら、人生をリセットする」という考え方が流行っている。この目的は、「元気なうちに、身軽になり、余計なしがらみに時間とお金を使わない」ことだという。身軽になるために捨てるものとしては、冠婚葬祭、親戚づきあい、墓参りの習慣、すすまない友達との社交、年賀状、お中元やお歳暮の習慣などだ。
この「リセット」の方法を、タレントやエッセイストなどの著名人が紹介し、「一人で生きる」「孤独のすすめ」といった内容の本がベストセラーの棚に目立つようになった。
祐子さん(62歳)は、「私、そういう“捨てる”系の本に踊らされて、今けっこうさみしいです」と語る。30年来のママ友・美和さんを「不要な人間関係」と切ってしまったことで、心に空洞を抱えているという。
【これまでの経緯は前編で】
母の介護を理由に、友人関係を切る
30年以上にわたって仲良くしてきた、近所のママ友・美和さんとその他のグループ。彼女たちは、地元の噂話と悪口、芸能人の話題など、祐子さんが「建設的ではない」と判断するおしゃべりに興じる人々が中心だった。
祐子さんは、娘たち(37歳、35歳)が結婚していないことについて、友達から「嫁(い)けハラスメント」「産めハラスメント」を受け、人間関係の断捨離を決意する。
「60歳で人生をリセットする」などという指南本がベストセラーになっている。そこには、友達との関係の切り方、年賀状のやめ方などが解説してある。祐子さんはそれに従い「母の具合が悪いから、頻繁に会えなくなる」と言い、食事会とLINEグループを抜ける。
「それが美和さんにとって面白くなかったみたいで、しきりに私の悪口を言っていたようです。私、ちょっとゆっくりペースだから、影で“トロ子”と呼ばれていたんですよね。“トロ子のくせに、生意気だ”ってなったんじゃないかしら」
LINEの通知はならず、食事会に縛られなくてもいい生活は、最初は解放感があったという。それまで常に気にしていたLINEの返信がなくなり、持ち寄りの食事会もしなくなった。グループ内のメンバーの調整役を買って出るストレスも消えて、毎日が楽しかった。
「すると、ヒマになっちゃって……おしゃべりしたくなるんですよ。とはいえ、娘たちは忙しいし、パパちゃん(夫)も帰りが遅いでしょ? 学生時代の友達、小学校時代からの親友も、住む世界が違いすぎて会話にならないんです」
祐子さんは都心で生まれ育ち、豊かな家庭の娘が行く女子大を出ているが、現在は23区郊外に住んでいる。同級生は仕事をしたり、夫のサポートをしたりして、祐子さんと遊ぶどころではない。
「好きな美術館や音楽会に行っても、ひとりだとどうにもならないんです。以前もひとりで行っていたのですが、それは美和さんたちと話す楽しみもあったから。“またそんなお上品な話をして~”と言われつつも、興味を持って聞いてくれていたんですよ」
すると、興味関心は夫へと向かう。24歳のときに、当時27歳だった夫と結婚しており、40年近く夫婦関係を続けている。大手建設会社に勤務する優しい夫は、祐子さんの望み通りの生活をさせてきた。
「パパちゃんは“うん、うん”って聞いてくれていますが、うわの空でソワソワしている。スマホばかりいじっているので、“私の話を聞いてよ”とスマホを取り上げたら、ハートマークだらけのメッセージが出てきたんです」
夫は観念して、美和さんにスマホを差し出した。すると、60歳の一級建築士の女性と恋仲になっていることがわかった。愛をささやく幼稚な言葉のやりとりのなかに、専門用語を使ったウイットの効いた会話が挟まれ、足元が崩れ落ちていくような気持ちになったという。
【「相手も結婚しているから、心配するな」……次のページに続きます】