娘の借金の後始末のために、アパートを一棟売る
則夫さんの60代は地獄だった。20代の娘は男関係にもだらしがなく、男性に貢いでは、則夫さんに無心した。
「あの頃のことは思い出したくない。毎月、請求書が届いて、娘の部屋とリビングには、口も開いていない買い物袋が山積みになっていた。買うだけで満足して忘れちゃうんだよ。どうしても欲しくて買ったんじゃない。流行っているから……と買って、そのまま満足してしまう」
一度、娘に激怒して、カードを取り上げたことがあった。
「あれは27歳の頃かな。僕のカードで恋人に20万円の靴を買ったことがわかって、堪忍袋の緒が切れた。カードを取り上げたら、消費者金融で借金したんだよね。200万円だったかな。この時は手持ちのお金がなくて、古いアパートを一棟売った。不動産の相場が下がっている時期で、二束三文の値段だったけれど、完済できた。その後、娘と話し合おうとしたけれど、やはり娘の悲しい顔が見たくなくて、カードをそっと戻してしまった」
則夫さんは、教育者として他人には指導ができるのに、わが子はダメだという。
「娘も35歳になって、だいぶ落ち着いてきた。前のようにブランド物は買わなくなったけれど、おかしな健康器具やサプリメントを買い出した。“お父さん、このシャワーヘッド、節約ができるんだって”と持ってくる姿はかわいいと思う」
娘は、かつて則夫さんの母親が住んでいた家で一人暮らしをしている。
「ウチに忌々しい買い物の袋を置きっぱなしにしているから、コロナの時に封もあけていないブランド物を買い取り業者に引き取ってもらったら、140万円になったんだよ。驚いたけど、元値を考えれば1千万円近い(笑)。ブランド物って生鮮食品なんだなと。価値は半分にもならなかった」
則夫さんは今の状況を、「冷めていく風呂に浸かっている状態だ」という。
「ぬるい風呂から出る時って、“寒いから出たくない”と思う。それゆえに、ついずっと入ってしまう。でも、確実に風呂の温度は下がり続ける。追い炊きはできない。僕も娘もそれぞれの風呂からでなくちゃいけないのに、こんなことを20年以上も続けてしまったからどうにもならない。まだ、金は残っているけれど、時間の問題。落ち着いてほしいと思ったけれど、そうはいかないだろうね。だって、娘はお金を使う自分に対して、チヤホヤして必要としてくれる人が好きなんだから」
毎月の年金、少々の株の配当金が則夫さんの収入だ。
「僕は36年前、妻がプレゼントしてくれた3万円の時計を今も使っている。女の人は怖いよ。妻も、娘も、そして母も。娘には“ウチに金はない”と言っているんだけれど、伝わっているのかな?」
則夫さんには、妻が出て行ってから恋人はいない。家族の恥を話せる友人もいない。「娘には幸せになってもらいたいんだけどね」と、寂しそうに微笑んだ。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。