「友達以上、恋人未満」が長く続いた
一史さんは、彼女以前に4人の女性と交際する。そのうちの2人と男女の関係になったという。
「4人の女性と交際するものの、全てが自然消滅してしまった。初めて交際した相手は、バイト先で知り合った専門学校生で、今で言う依存症の女性だった。夜中に呼び出されたり、浮気を疑われたりして、大変だったんだよ。自分が感情や欲望のはけ口にされたような気がした。もちろん相手を好きだし、心地よかったけれど長くは続かなかった。その後も不器用な恋愛を繰り返し、彼女も別の男と付き合ったりしていた。たぶん、僕たちはずっと友達を続けたかったんだと思う。それに彼女には、こちらから近寄ると拒むような気迫があった。男は『この人は僕のことが好きだ』という確信がないと前にすすめないからね」
彼女は旧華族系の家の出で、“自分は他人より優秀で当然”というような傲慢な雰囲気をまとっていたという。
「大学卒業間近で、私も彼女も就職先が決まって、今までのように会えなくなることに気が付いた。それは嫌だと思って、自分から告白した。特別だと思っていたものが、陳腐なものになることが怖かったけれど、それ以上に彼女と会えなくなることが寂しかった。するとあっさり『いいよ』と。初デートは彼女が『若者らしいことをしよう』と言い、彼女は僕を高尾山に連れて行った」
ケーブルカーに乗るのかと思ったら、「歩いて登るのよ」と言う。
「どれだけ登っても頂上に着かなくて、2人で汗だくになった。やっと頂上について彼女が出した弁当は、びっくりするほど美味しい。絶賛すると、『ウチのお手伝いさんが作ったの』とシレッと言う。そういうところが好きだった。抗がん剤治療の3クール目の時に、体力も落ち、味覚障害も出て苦しんでいた。付き添っていると目を開いて『これは高尾山の6合目くらいかな。まだ先は長いわね』と言うんだよ。それまで、僕はあの初デートのことは、すっかり忘れてしまったんだけれど、彼女は覚えていた。納骨した日に、お墓には彼女はいないと思って、高尾山に一人で登った。山の香りも、地面のコンクリート部分も40年前と全く同じだった。人がいないことをいいことに、声を出して泣きながら歩いた。苦しかったけれど頂上まで登ったよ。高いところに行けば、彼女に会える気がするんだよね」
【今も悔やむ、闘病中の妻に言えなかったこととは……~その2~に続きます。】