姿を見かけるだけで幸せだった日々。4年間、一筋に思い続け、結婚したきっかけは
妻は全く違った。男性を明らかに回避していた。当時22歳の憲明さんが1~2週間に1回、彼女が勤務する印刷会社に行っても、なるべく接点を持たないようにしていた。
「地元の会社のお姉さんからデートに誘われていたから、彼女の反応が心に残った。聞けば、3姉妹の一番下で、お父さんを早くに亡くしていたこともあったんだよね。地元の商業高校を卒業後、その印刷会社で経理や事務を担当していた。男性恐怖症になったのは、新卒のときに職人さんなど男性にからかわれて、とても嫌な思いをしたから。私に対しても『チャラチャラしている若い男』くらいに思っていたんだそう」
憲明さんが一日千秋の思いで、印刷会社にルート営業に行き、彼女の姿を横目でチラッと見る。それだけで幸福だったという。オクテ同士の恋愛は、どのように進展したのだろうか。
「社長の奥さんが、『シンキンさん、あなたステディな人、いるの? いないんだったら、ほら、あの子どう?』と耳打ちしてくれた。『2人で行ってきなさいよ』とスケートリンクのチケットをもらって、行ったのが初デート」
手を握るどころか、会話もできない2人。スケートは、憲明さんはからっきしダメだが、妻は上手だった。
「ふだんもじもじしているのに、生き生きとキレイに滑るんだよ。彼女のふっくらした手と、赤い頬が今でも思い出せる。私が転びそうになると、抱きかかえてくれて、手をとって滑り方を教えてくれた。あれは夢のような時間だったと思う」
中華料理店でラーメンを食べ、ビールを飲み、その日は17時に解散。
「いつまでも、一緒にいたいし、抱きしめたいけれど、きっと彼女はそれを嫌がる。それからキスをするまで2年かかった。26歳のときに、私に縁談話が持ち上がり、彼女のことを諦めようと思ったら、彼女が私の手を取って、引き留めてくれた」
今まで、押しとどめていただけに、それからの進展はダムが決壊したかのように怒涛だった。
「4年間も我慢していたからね。彼女以外考えられなかったから、そういうお店にも行かず、ひたすら彼女のことを想像していた。その体が目の前にあるというのは、衝撃ともいえることだった。私は大学時代に年上の恋人がいたこともあった。初めての彼女と、関係を作っていくのは、大変だったけど愛しさが募っていった」
その後、すぐに結婚し、夢のように楽しい30年間の結婚生活が始まった。
【最愛の妻を幸せにするために、夜逃げ同然で上京する……~その2~に続きます】