家でボーッとしている姿を見たことがない。家事は妻が先回りしてすべてやってしまう
妻の口癖は「うん、いいと思う」「まあまあ、もういいじゃない」。
「一度も夫婦喧嘩をしたことがなかった。家庭はいつも円満で、娘も息子も立派に成長した。それなのに、妻だけがいないんです」
乳がん……これは多くの女性に関わる問題だ。病気と闘う妻を、哲司さんはどのように看病したのだろうか。しかし、質問するほど、言葉に詰まってしまう。一体何があったのだろうか。
「妻にしこりがあるとわかった時、会社はかつてないほどの繁忙期だった。あふれるくらい仕事が来て、ほとんど自分でも何をしていたか覚えていない。私は1つのことに集中すると、何もわからなくなってしまう」
そんな哲司さんを、妻は支え続けた。
「妻は仕事を続けていたのに、家事や育児を妻は一手に引き受けていた。退職後の妻には、時間がたっぷりあり、私のサポートをしてくれたし、応援をしてくれた。食事を整えたり、朝夜の風呂の準備をしたり、何も言わなくてもいろいろしてくれたんだ。もちろん、自分でやろうとしたことはあったんだけれど、全部妻が先回りしてやってしまう」
哲司さんは、大学進学時に都内の実家を出て一人暮らしをしている。今でも家事はお手の物だという。
「結婚して31年間、病気になるまで彼女が座ってボーッとしているところを見たことがない。自分で仕事を見つけてさっさと動く。だからウチの子供たちは家のことが全然できないんじゃないかな。娘なんて、里帰り出産をしてから、半年間ウチにい続けたからね。上げ膳据え膳で、掃除も洗濯も赤ん坊の世話もみんな妻がやっていた。妻の疲労の色が濃くなったので、自宅に帰したことを覚えている」
そのとき、すでに妻の病状は悪化していたのではないかと推測する。
「しこりがあって病院に行った後のことは、妻は何も言わなかったし、顔色が悪いとか、痩せたとかも思わなかった。妻というのは、元気でいるものだと思い込んでいたし、そう思いたかった……」
【乳房切除手術を行った妻は元気に帰ってきた。治ると思っていたが……~その2~に続きます】
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(小学館新書)がある。