若くないと、不衛生な店には入れない
父と娘の仲がいいのはなぜかと伺ったら、しばらく経ってから「女房が憎まれ役をしてくれたからだ」と語る。口やかましく支配的な母親を“まあまあまあ”と諫め、娘の進みたい道に行けるように、サポートし続けた父親を娘は尊敬していたのだ。
「俺は仕事以外は良くも悪くも、何もかも事なかれ主義で受け身だからね。待ち合わせの寿司屋さんに5分前に着いたときは、彼女はもうカウンターに座っていた。そして、俺の顔を見てにっこりと笑ってくれた。女の人から笑いかけられるというのが、これだけ心を揺さぶられるとは思わなかったよ」
その日、お寿司を食べた後に、新宿のゴールデン街に行った。路地の奥で、約40年前の学生時代に行ったことがある店に行く。しかし、あまりにも老朽化していたし、店の横の路地の奥にはネズミもいて、ひるんでしまったという。
「若くないと、不衛生な店には入れないのよ。だから、適当に明るい別のワインバーに入って、いろんなことを話しているうちに、23時になっていた。遠慮せずにだらだらと話せる異性って、ほんとに貴重だと思う。そう気づいたときに、彼女の手に触れたくなってしまったんだよね。まさか自分にそんな衝動があると思わなかった。見透かすかのように、俺の二の腕を触ったりしてね。もうあとはご想像通りだから。これ以上はちょっと言わないよ(笑)」
いろいろ聞き出すと、その日、シティホテルに行って男女の関係になったという。
「この年でまさかそんな人ができると思わなかった。彼女とは月に1回くらい食事をしているかな。彼女と一緒にいていいことは、頭に来ることとか、言動に対する違和感、そして向けられる悪意や欲望をほとんど感じないんだ。妻からは山のようにあったのにね。年を取ると、そういう違和感に対していちいち反応していたら身がもたない。だから、そういうことを感じない程度に会っている今の関係がいい。でもお互いに仕事という“暇つぶし”がなくなったらどうなるんだろうね。いつか別れは来るから。でも最後にこういう女性と会えてよかったと思っているよ」
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(小学館新書)がある。