文/鈴木拓也
「実家の片づけ」の流行で、シニアの親世代がモノに囲まれて過ごすことが、どことなく否定的に受け止められるようになった。
親自身が、終活の一環として片づけにいそしんでいる例もあるが、手放しで喜んでいいことなのだろうか?
片づけをする意味は、「幸せに暮らすため。家にいる時間を楽しくすごすため」と定義しているのは、古堅純子さん。古堅さんは、5千軒以上の片づけの問題を解決してきた、整理収納のプロ。「生前整理」という言葉の生みの親でもあるが、なんでも捨てるという風潮は、よしとしない。
著書『シニアのための なぜかワクワクする片づけの新常識』では、「モノは捨てなくていい」とまで言い切る古堅さんだが、親子も納得の片づけとはどのようなものか? 本書からその一部を紹介しよう。
捨てるではなく「寄せる」
親には思い出深い品々でも、子の視点ではガラクタとしか思えない実家のモノ。それを無理強いして捨ててしまうと、「お年寄りの心身は確実に弱まります」と、古堅さんは語る。親自身が、終活と称してそれらを処分する必要もないという。
古堅さんが提案するのは、捨てるのではなく「寄せる」という考え方。
たとえばモノが床のあちこちに置いてあったら、とりあえず部屋のかたすみに寄せてみる。あるいは物置部屋をつくり、そこにモノを集めてみる。最悪、家具の後ろや、押し入れが空いていれば、そこに押し込んでもかまいません。(本書24pより)
「これでは、片づけたことにならないのでは?」と思うかもしれない。しかし、重要なのは、とりあえずは何もない空間が生まれることだという。
古堅さんは、80代の夫婦のケースを挙げる。そこは3LDKのマンションであったが、どの部屋もモノで溢れかえっていた。が、夫婦の要望は、「何も捨ててほしくない」であった。
古堅さんは、北の部屋を仮の物置として、そこにモノを集め、残る2部屋をすっきりさせた。
すると、今まで「捨てたくない」と言っていたご夫婦に変化が訪れました。急に「あれもいらない」「これもいらない」と言い出したのです。せっかくできた自分専用の部屋に、物置小屋から自分のモノが運び込まれて、再びモノだらけになるのが嫌だったのでしょう。(本書30pより)
これが「寄せる」の真の効果だ。まずは、空間を作る。すると、当事者にモノを減らそうという心境の変化が起こる。あとは、自然と片付いた家が保たれると、古堅さんは説く。
まずはライフラインと生活動線ありき
実はこの「寄せる」というやり方は、「古堅式5ステップ―シニア版」の手順の1つ。まず、「ライフラインの確保」、「生活動線の見直し」があって、3番目に「モノを寄せる」が来る。そして「空間をつくる」「いつも使うモノは出しておく」が続く。
「寄せる」の前にあるステップは、高齢者の身体的危険と心理的ストレスをなくすという、最低限やっておくべきこと。例えば、廊下に置かれたモノは別の場所に移して、つまずいて転倒するリスクを回避する。同時に、片づける人が部屋間の移動を楽にする効果もある。
「生活動線」とは、家の中である所からある所へ行くときに通る経路のこと。家の人には、すっかり習慣づいているため、それがストレスの元になっていることに気づかないことが多いという。
古堅さんは、夫婦のベッドが占拠する寝室の例を記している。
ご主人のベッドの隣には奥さんのベッドがあって、奥さんも同じようにトイレに行こうとすると、ご主人の動線とぶつかることになります。奥さんは足が不自由なため歩行器を使い、歩くのにどうしても時間がかかります。そのため、いつもいらいらして、朝から奥さんに文句を言うという日々が続いていたようです。(本書73pより)
古堅さんの解決策はシンプルなものだった。寝室を別にして、動線が交差しないようにしたのである。これだけで、夫婦のいさかいは収まった。
言ってはいけない「これ、いらないでしょ」
帰省するたびに乱雑になっていく実家を見かね、子が片づけようとするが、親の反対にあって断念するパターンはよくある。
古堅さんは、その処方箋も提示している。
キーワードは、コミュニケーション。ある娘さんの例では、1か所片づけるたびに父親から文句が出たという。娘さんは、相手が納得するよう説明・反論をしているうち疲れてしまう。実は古堅さんも、依頼主の希望に応じたにもかかわらず、「ベッドは前の位置のほうがよかった」などとひっくり返されることがあるという。だが、そこは、うまくコミュニケーションで対処するコツがあって、「じゃあ、元に戻しますか?」と相手の気持ちをいったん受け止める。すると、相手は「まあ、いいです。そのまま進めてください」と、気持ちが収まることが多いそうだ。
また、「これ、いらないでしょ」は禁句。子はそう意識しなくとも、親に喧嘩を売っているようなものだからだ。
明らかに処分したほうがいいモノなら、「この椅子、どうする。座りたい?」と、まず質問。すると親は、「どうしようかな?」と考える。そこから進んで「座ることがないのなら、この椅子は必要かな?」ときて、子の意見に賛同するかもしれない。
では、「どうせ死ぬんだから、放っておいて」という難しい対応をされたら?
この場合は、「誰か会いたい人、いない? その人を呼ぼうよ」と返すのが効果的だという。
何十年も生きていれば、誰にでも会いたい人は1人くらいいます。
「えっ、こんな家に呼べるわけないじゃない」と相手はびっくりしますが、「だから呼べるようにしましょうよ。そうすれば、一回も使っていないあの素敵なコーヒーカップも使えるようになりますよ」と夢を与えるのです。(本書202pより)
古堅さんは、「亡くなるまで待つ」という選択肢にも触れてはいるが、まずはこのコミュニケーションを試す価値はあるだろう。
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実家の片づけは、しばしば親子の対立の構図が生まれやすいが、これはまさに不毛でしかない。古堅さんの提唱する「寄せる」というやり方など、本書を参考にして次回の帰省時に片づけを切り出してみるとよいだろう。
【今日の暮らしに役立つ1冊】
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)で配信している。