被害者参加で吐露された本音

遺族たちは「被害者参加」と呼ばれる制度により、法廷の柵の中へ入って、かわるがわる意見を述べていく。

「自分のやったことを、不運という言葉で片づけようとする姿勢に、ガッカリしました」

「この期に及んで、反省が足りないのではないでしょうか」

「発言に何度も心を傷つけられました。これ以上、傷つけられるのはごめんです。法廷で何を言っても、もう信じられません」

形式的には、裁判官と向き合って行う発言ではあるが、その発言の内容は、視線を合わせていない被告人に対する厳しい非難が大半を占めていた。

遺族のひとりから、切実な思いが漏れる。

「あの日のたった一瞬で、すべてが変わってしまいました。こんなことになるなら、あの日、親として保育園に行かせなければよかった」

「もはや、取り返しの付かないことはわかっていますが、どうしても理解したくないです」

「もしタイムマシーンがあったら、今すぐにでも、あの日に戻りたい。そして、娘が生きて、これから成長を見守っていく、当たり前の運命を取り戻したいです」

亡きわが子に代わって、保護者として少しでも一矢を報いたい、という使命と責任感、そして、切ない無力感までが絡み合った発言だった。

その遺族の発言が、裁判官の心を揺り動かした。

「残念ながら、時間を巻き戻すことはできません」

判決公判に先だって、被告人に再度、発言の機会が与えられた。

「いろいろな要素が重なって起きた事故ですが、私に全責任があります」

被告人は覚悟を決め、自分の身を守る弁解を捨て去った。

裁判長は、禁錮4年6か月の実刑を言い渡した。

懲役と異なり、刑務作業にたずさわる義務はないものの、相当長い期間、交通刑務所で過ごすことを決定づける内容である。

判決理由をひとしきり読み上げた後、裁判長は顔を上げ、被告人と目線を合わせ、説諭を始めた。

「遺族のひとりが、『タイムマシーンがどこかにないか』と述べられました。残念ながら時間を巻き戻すことはできません」

「遺族、被害者は今、深い悲しみや苦しみの中で、法廷でのあなたの発言や態度を見守ってきました。これから、きちんと罪と向き合い、償ってください」

被告人は、壇上の裁判官と傍聴席の遺族らに、深々とおじぎをした。

* * *

事故現場となった交差点の歩道には、幅の広い防護柵が取り付けられた。

そして、幼児が横断する危険性を知らせる警告メッセージも設置された。

また、その交差点の直進方向と、その対向車線の右折方向で、両方とも同時に青信号が出ている瞬間があることが、事故後に判明した。

これ以上、車両が衝突したり、ドライバーを混乱させたりするリスクを避けるため、交通信号が変わるサイクルも、直ちに改善された。

【訂正とお詫び】
この事故における事実関係の説明で、一部、証拠で正式に証明されていない事柄を断定的に記載した箇所がありました。そこで、誤解を生じさせないよう当該段落を削除いたしました。
交通事故の加害者及び被害者、その関係者や読者の皆さまに、謹んでお詫びを申し上げます。
2021年4月15日 長嶺超輝

※本記事の裁判の情報は、著者自身の裁判傍聴記録のほか、新聞などによる取材記事を参照させて頂いております。また事件の事実関係において、裁判の証拠などで断片的にしか判明していない部分につき、説明を円滑に進める便宜上、その間隙の一部を脚色によって埋めて均している箇所もあります。ご了承ください。

取材・文/長嶺超輝(ながみね・まさき)
フリーランスライター、出版コンサルタント。1975年、長崎生まれ。九州大学法学部卒。大学時代の恩師に勧められて弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫し、断念して上京。30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の刊行をきっかけに、記事連載や原稿の法律監修など、ライターとしての活動を本格的に行うようになる。裁判の傍聴取材は過去に3000件以上。一方で、全国で本を出したいと望む方々を、出版社の編集者と繋げる出版支援活動を精力的に続けている。

『裁判長の沁みる説諭』(長嶺超輝著、河出書房新社)

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