男って弱い。どうしていいかわかんなくなっちゃう
大山さんの妻は56歳で乳がんで亡くなった。亡くなる直前まで人材派遣会社で働いていたという。
「言われてからはあっと言う間だった。大学の同級生なんだけれど、当時からすごく我慢強い人だったし、自分の健康に自信を持っていたんだ。余命宣言されてから、亡くなるまで4か月くらいだったかな。いろんなところに行ったけれど、あれよあれよと悪くなっていって、気が付けばお葬式だったんだよね。息子の嫁さんが臨月でね、息子は“孫を見せたかった”っておいおい泣いていたよ。でも遠い世界の話みたいに聞こえた。今だから言えるけれど、“俺の大事な女房が死んだんだぞ、オマエの子供なんかどうだっていいんだ”と心の中で叫んでいた。男って弱いよね、どうしていいかわかんなくなっちゃうんだから」
とはいえ、大山さんは特別に愛妻家だったわけではない。結婚30年の間に、気が向くままに浮気をしていたという。
「家族と恋愛は違う。家族はそれぞれが自立してひとつの社会を作る。助け合い、責任を取り合うのが家族だよ。恋愛は互いに依存し合ったり、いいところを見せ合ったりするものだ。楽しい時間だけを一緒に過ごして責任を互いにとらない。女房は割と華やかで楽しい人だからモテたと思う。夫婦という関係を考えると、息子が10歳くらいのときには終わっていたね。最初は月に1回から、3か月に1回になって、盆暮れ正月になって……と体の関係が終わるにつれて、夫婦の結束は固まるんだよ」
奥様がいつも近くにいて、あれこれ世話を焼いてくれるから、30年間、ストレスがない結婚生活を過ごした。
「“感謝”なんて言葉では表せない。女房は毎日ご飯を作って、掃除して、仕事に行って、風呂や家の掃除をすることをはじめとして、俺や息子が快適に過ごせるように世話を焼いてくれていた。女房が死んでから、日々の家事に使う労力、ベッドのシーツを週に1回洗うことがどれだけ大変かがわかった。それに、ハンカチが畳まれて引き出しに入っていることのありがたさもわかった」
【その2へ続きます】
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(小学館新書)がある。