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文/印南敦史

『日本語の奥深さを日々痛感しています』(朝日新聞校閲センター 著、さくら舎)は、朝日新聞の連載「ことばサプリ」をまとめたもの。以前の連載「ことばの広場」を書籍化した『いつも日本語で悩んでいます ―日常語・新語・難語・使い方』に次ぐ新刊である。

本書の執筆者が所属する朝日新聞校閲センターは、朝日新聞社発足時の校正係まで歴史を遡ることができる校正、校閲のプロフェッショナル集団。校閲部を経て、2006年 から校閲センターという名称となった。

東京に53人、大阪に20人がおり、誤字やことばの誤用、紙面体裁、表記の統一、人権や差別問題に注意して、朝日新聞の朝刊、夕刊の紙面点検、朝日新聞デジタルの記事点検をしているという。

「ここに目をつけたか!」という意外性も楽しい「ことばサプリ」は、個人的にも楽しみにしているのだが、その魅力は本書に目を通せばすぐに理解できるだろう。日本語に興味を持っている人はもちろんのこと、そうでもないという方でも「なるほど」と思えるような話題が豊富だからだ。

話題のヴァリエーションも豊かで、「ディスる」に代表される若者ことば、「『どどめ色』って何色?」など盲点をつくような疑問、「ラ行発音はR?L?」というような発音の話まで、ことばに関する多くのトピックスが取り上げられている。

ところで2020年といえば、やはり「コロナ」である。そこで今回は、好むと好まざるとにかかわらず避けるわけにはいかない「コロナ」にまつわる記述を確認してみたい。

* * *

この半年ほどの間に広く浸透した「コロナ禍」の「禍」とは、わざわい、災難のこと。新型コロナウイルスが人々に被害を与えていることを示しているわけで、たしかに字面からも強い不安や市民生活への影響の大きさが感じられる。

「禍」のつくことばは、古くから「戦禍」「輪禍」「舌禍」といった漢語の形で使われてきた。ちなみに輪禍とは交通事故のことで、舌禍についてはいまなら「失言」と言い表すほうが身近かもしれない。

他にも「薬害禍」などがあり、また東日本大震災以降は「原発禍」も登場することになった。カタカナだと「マラリア禍」「アスペスト禍」なども見受けられる。

では今回、なぜ「コロナ禍」ということばが使われるようになったのか? 端的にいえば、「簡潔な表現が必要されたから」ということのようだ。「新型コロナウイルス感染拡大の影響で……」というように書き出しが長くなってしまうことを避けようと、新聞を含めた活字メディアがこの合成語を使い始めたわけである。

「渦中」ということばがあるため、禍は渦(渦)と書き間違えやすいので注意が必要。そういえば少し前、「コロナ禍」を「コロナ鍋(なべ)」と読んで失笑を買った市議会議員もいた。

なお、禍と同じように「わざわい」と訓読みする字に「災」がある。「禍」と「災」の違いについて、筆者は「漢字ときあかし辞典」の解説を引き合いに出している。

「災が主に運命による災害を指すのに対して、禍は人間の営みによって起こされるものまで含めていうのが、この二つの違い」とのことである。

と聞くと「新型コロナウイルスは人間の営みによって起こったものか?」という疑問も出そうだが、「人間の営みによって起こされるもの“まで含めて”いう」というところがポイントになるのかもしれない。やはり日本語は複雑で、そして奥深い。

辞書編集者である著者の円満字二郎(えんまんじじろう)氏も、「禍は、中国史を見ると権力闘争の事件を呼ぶのに使われた。一方、禍は『神』を表す『示偏(しめすへん)』も含む。コロナ禍に限らず、わざわいというものは、どこまでが人為でどこからが運命なのか、分けて考えるのは難しいですね」と話しているという。

一方、字の成り立ちから、わざわいを祓う儀礼そのものを「禍」と言ったという説もあるそうで(白川静「常用字解」)、やはり簡単に定義づけることはできなさそうではある。

さて、それはともかく、どうしても気になってしまうのが「終息」と「収束」の使い分けだ。

澤井直・順天堂大助教(医史学)によると「疫病についての旧内務省の報告では、一貫して『終熄』が使われている」。そして現代でも「衛生学の論文では、感染症には『終息』を使う例が多い」と言います。
一方、「収束」は「集めて束ねる」という意味。紙面では主に戦後になってから、インフレ、ストライキといった人の活動などを「抑える」場面で使われ始めました。
政府のコロナ対策専門家会議の資料には「短期的収束」「収束のスピードが期待されたほどではない」などの記述があります。「終わり」という結果ではなく、収まっていく過程に注目する時は「収束」の字を当てることが多いようです。
加えて、行政や民間の取り組みによってコロナ禍を「抑え込もう」という文脈では、「収束」がしっくり来そうです。(本書98〜99ページより引用)

執筆者の友人である医師は、「小康状態なら収束、根絶なら終息」のイメージだと話していたそうだが、どうあれ一日も早くコロナ禍から脱したいものである。


『日本語の奥深さを日々痛感しています』

朝日新聞校閲センター (著)

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文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)などがある。新刊は『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)。2020年6月、「日本一ネット」から「書籍執筆数日本一」と認定される。

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