できないことも増えていくけれど、できることもたくさんある
下坂さんと会話していると、認知症だとは思えない。質問を投げかけると、論理的で、わかりやすい答えが返ってくる。でも「短期記憶が失われるので、不便ですよ」と明かす。
これほど、自分の病気のことを客観的に見ることができているのも、デイサービス施設の河本さんの存在が大きいという。
「絶望の暗闇から優しく手を差し伸べてくれた希望のあかりのような人。いつも僕と同じ目線で、いっしょに考えてくれる。そして、彼女自身も福祉の仕事に熱い思いを持っていて、いろんなことにチャレンジしていくタイプ。そんなところを見て、いっしょに何かできるとおもしろいと思えたのも、前向きになれた要因のひとつです。また河本さんは、若年性アルツハイマー型認知症の当事者として活動している丹野智文さんともつながりがあり、講演会のあとに話をさせてもらう機会をつくってくれました。彼が元気に活動している姿を見て、自分もがんばらないといけないと思えたんです」
下坂さんは最近「日本認知症本人ワーキンググループ」に入会した。
「丹野さんたち先輩が取り組んでこられた活動を見て、今までの自分ではいけないと感じたから。診断直後の方の相談に乗るなど、同じ境遇の方たちの力になりたいと思っています。そして、ゆくゆくは同じ若年性アルツハイマー型認知症の方たちとネットワークをつくれたらいいなと考えています」
下坂さんが同じ病気の人の姿を見て勇気づけられたように、下坂さんを見て勇気づけられる当事者や家族はきっといるはずだ。
「できないことも増えていくけれど、できることもたくさんあると思います。だから、認知症当事者の方や認知症の人を介護している人には、笑顔でがんばろう! と言いたいです」
「認知症の僕の日常」
下坂さんは、もともと写真が好きで、以前からやっていたインスタグラムやFacebookでの発信も続けている。下坂さんのレンズを通して切り取られる柔らかな風景や、添えられた言葉は、認知症当事者の日常をあらわしていて、少し切ない。
でも、そこには私たちと変わらない当たり前の日常が、確かにある。
行ってきます と
ただいま
の間にあった
出来事をがんばって探す
その行為によって
今日一日という
感覚、サイズができる
(中略)
時間の感覚が無くなるという
不思議さ
不便さ
認知症の僕の日常
通勤にバスを使うが
降りるバス停を間違えてしまう時がある
乗るバスを間違える時もある
(中略)
どこに行こうとして乗っているのかわからない時がある
どこに行った帰り道かわからない時がある
間違えて仕事に遅刻しないように
早目に家を出る
職場の近くの公園で時間を調整してから出勤する
その時に四葉のクローバーを見つけたりもする(笑)
認知症の僕の日常
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。